習近平の中国

<習近平の中国>
中国大使をつとめ、習近平を知悉する著者が語る中国の実情とのこと・・・
本屋で立ち読みしていて衝動買いしたのです。


【習近平の中国】
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宮本雄二、新潮社 、2015年刊

<「BOOK」データベース>より
猛烈な反腐敗闘争、戦後秩序を揺さぶる外交攻勢、急減速する経済の立て直しー。二〇一二年の総書記就任以来、習近平は猛烈なスピードで改革を進めている。基本的な方向性は間違っていない。しかし、まさにその改革によって、共産党一党支配の基盤は崩れていかざるを得ない。危ういジレンマに直面する中国は今後、どこに向かうのか。中国大使をつとめ、習近平を知悉する外交官が描いた「苦闘する超大国」の実情。

<読む前の大使寸評>
中国大使をつとめ、習近平を知悉する著者が語る中国の実情とのこと・・・
本屋で立ち読みしていて衝動買いしたのです。

bunshun習近平の中国


尖閣諸島沖事件があって以来、また南沙諸島での中国の基地造成が進むなかで、中国脅威論が語られることが多くなった。
この本で、中国脅威論が述べられているので見てみましょう。
p216~218
<中国脅威論を理解できない中国人>
 昨今の中国脅威論の高まりを、中国の人たちは、なぜそうなるのか理解できないでいる。脅威論を煽るのは、中国を悪者にして、自分たちの悪行を隠し、よこしまな利益を得るためだと考えている。中国の「ものの考え方」が、中国脅威論の高まりという結果をもたらす仕掛けになっていることに、彼らの多くは気づいていない。

 その考え方とは、「中国の基本的国策は平和と発展であり、世界の平和と発展のために大国としての責任を果たし尽力する。しかし領土や主権、海洋権益と言った中国の生存と発展のために必要不可欠なものにっついては、一切譲歩はしない」とまとめることができる。

 つまり、自分たちの「革新的」な権利や利益を侵犯することは決して許さないという姿勢と、世界の平和と発展のために努力することとは両立すると考えているのだ。
 なぜなら中国の「権利や利益」を守るのは当然であり、侵犯する相手が悪いのだから、世界の平和と発展を損なっているのは相手だ、という理屈になるからだ。

 だがここに本質的な問題がある。それは、正しいか正しくないかを自分たちで決めているからだ。中国は、世界大国になれば何が正しいかを自分で決めることができると考えているが、それは大間違いだ。アメリカはそうしているではないか、と言いたいのであろうが、そうではない。

 アメリカでは大統領が決めたことにも議会は反対できっるし、国民も監視している。国際輿論もある。ルール違反をしたり、国民が正義だと思っていたことでも、いずれは是正する。戦後の国際政治秩序は、ルールに則った行動をすることを求めており、大国が自由に振る舞うことを簡単には許さないのだ。

 中国が軍事大国になるのは当然だと思っていても、中国以外の世界は「はい、そうですか」というわけにはいかない。軍事力は相手を破壊する手段ではあるし、持っているだけで相手を恫喝できるからだ。

 一昔前、中国から「核兵器を持たない国に対して核は使用しませんので安心してください」などという説明を聞いたことがある。これは、無防備な人にナイフを背中に隠しながら「このナイフは決して使いませんので安心してください。ところでお金を少々貸してくれませんか」と言うようなものだ。兵力に大差があると、相手を脅して目的を達成することはできるのだ。

 中国は、これだけの世界大国となり、巨大な軍事力を持つようになった。その軍事力をどのように使おうとしているのか、国際社会に説明する必要がある。合理的な説明を聞くことができなければ、他の国は中国の意図に猜疑心をいだき、それに対抗する動きをするだろう。

 不必要な、かつ地域と世界を不安定化させえる軍拡競争に入る必用はお互いにない。だからそれを避けるためにも、中国の説明は必要なのだ。とりわけ地政学的な対立関係に入ったアメリカとの間では、十分な意思疎通をする必要がある。

 中国がするべき説明は、中国の考える世界像や世界秩序を語るものでなければならない。そういう大きな目標を達成するために、軍事力はどういう役割を果たすのか。このことを世界に通用する言葉とロジックで話す必用がある。それが曖昧のまま軍事力の増強を続ければ、中国の意志を他者に押し付け、自国の利益を拡張し、覇を唱えるためにそれをやっているのだと思われるであろう。

なるほど・・・
自己中・中国の最大の難点(そして弱点)は、自己を客体視できないことなんでしょうね。

宮本さんの将来予測を見てみましょう。
冷静な宮本さんは、大使などが「ワーストシナリオを渇望すること」にも釘を刺しています。
p224~225
<ベストシナリオとワーストシナリオの間>
 私は、中国の将来は、すべてうまくいってアメリカをいずれ追い抜くベストのシナリオから、すべてがうまくいかず中国共産党の統治が崩壊し中国が大混乱におちいる最悪のシナリオまでの間をさまようものになるだろうと思っている。私個人の皮膚感覚としては、ベストのシナリオよりもワーストのシナリオの方が可能性は高いとも思っている。

 どのシナリオに落ち着くかは、この本の冒頭で述べたように、中国のかかえる問題の深刻化のスピードと中国共産党の統治能力向上のスピードとの間の相関関係で決まる。

 中国社会はこれからさらに変化し、それに対応して中国共産党も変化していく。これが常識的な将来予測だ。つまり速すぎる変化を経て、中国の経済成長のスピードも遅くなり、社会の変化も次第にゆっくりとしたものになっていく。そして中国社会の自己反省も始まる。

 この自己反省はすでに始まっており、拝金主義にどっぷりとつかった社会の風潮に対する反発は強まっている。仏教やキリスト教、それに道教といった宗教に対する関心も強まっている。中国社会の価値観や倫理観も、伝統的な価値観の影響を強く受けながら、これから大きく変わっていくであろう。

 つまり中国のベストシナリオに恐怖するのでもなく、またワーストシナリオを渇望するのでもなく、その二つの可能性がありうることをしっかりと頭の片隅に置きながら、それでも中国は着実に前に進んでいく蓋然性が高いと想定しておくべきである。


王朝崩壊のメカニズムとも言える易姓革命が語られています。
p133~135
<易姓革命におびえる共産党>
 共産党は、中国において他と較べようもない強大な組織だ。それなのに、彼らはいつも「統治の正当性」の影におびえている。改革解放政策がこれほど成功を収め、中国の国民もこれほど豊かになったのに、かえって国民の不満は強まっている。

 そして共産党は道なき道を試行錯誤で前に進んでいる。だから時には自信も揺らぐ。統治に自信がなくなればなくなるほど、民が怖くなるのだ。このことは中国の歴史と切っても切れない関係にある。

 中国は「易姓革命」を信じてきた社会だ。この考え方は中国古代に成立した。「天」という絶対的な存在があり、「天子」(皇帝)は「天命」を受けて天下を治める。だが、もし(姓を持つ)皇帝に不徳の者が出て、民の支持を失えば「天命」は革まる。そこで他の姓を持つ有徳者が天命を受けて新しい王朝を開くという考えだ。姓が易わり、天命が革まったのだ。これが「易姓革命」だ。

 確かに中国では、いかに栄華を誇った王朝といえども、最後は草の根の民の力で倒されている。そしてそれまでの皇帝とは異なる姓を持つ人物が新たな王朝を建ててきた。民の支持を失えば民に倒される。これが民間バージョンの易姓革命観であり、現代の指導者も間違いなくこの意識を持っている。

(中略)
 今から振り返ると、1949年の中華人民共和国の成立当時が、国民の間で共産党の声望が最も高かった時期だった。日本を打ち負かし、中国から外国を追い払い、輝かしい新中国をつくった。そして国内では正義と公平の社会をつくろうと努力した。少なくともかなりの数の党員は、そうしていると信じていた。これを見て多くの国民は、共産党による統治は正当性を持つと考えた。統治の実体が、そう思わせたのだ。

 しかし共産党の統治は、毛沢東による政治闘争に次ぐ政治闘争となり、経済は疲弊し、社会は破壊された。文化大革命でその頂点に達した。民心は完全に離れ、これに危機感を募らせたトウ小平が、改革開放政策を打ち出した。トウ小平のこの政策は、「統治の正当性」を取り戻すことに最大の狙いがあったのだ。

 「統治の正当性」を如何に取り戻すかは、依然として彼らにとっての強迫観念なのである。中国共産党のものの考え方の中に、われわれの想像以上に、国民との関係が大きな位置を占めていることを頭に入れておく必要がある。


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