証言班目春樹4

<証言班目春樹4>
図書館で『証言班目春樹 原子力安全委員会は何を間違えたのか?』という本を手にしたが・・・・
原子炉安全の学者でもある著者が、専門家の立場で班目委員長の証言と事故処理について語っています。


【証言班目春樹 原子力安全委員会は何を間違えたのか?】
斑目

班目春樹, 岡本孝司著、新潮社、2012年刊

<「BOOK」データベース>より
事故当時、総理官邸内では何が起きていたのか。根幹となる原子力安全規制のどこに問題があったのか。そして、なし崩し的に進む再稼働は本当に安全なのかー。この国が戦後最大の危機を迎えた一週間、原子力安全委員長として官邸で事故対応に当たった班目春樹氏が語る「原発の真実」。
【目次】
第1章 未曾有の非常事態(三月一二日早朝、福島第一原発へ/ベント成功!? ほか)/第2章 官邸機能せず(「インチョウが来ました」/情報がない ほか)/第3章 霞が関の罠に嵌った原子力安全委員会(初の記者会見で/漏れ出した放射性物質量を初めて推計 ほか)/第4章 安全規制は何を誤ったのか?(無責任な緊急提言/世界に取り残された日本の安全規制 ほか)

<大使寸評>
原子炉安全の学者でもある著者が、専門家の立場で班目委員長の証言と事故処理について検証しています。
何につけ敗因を検証し、今後の改善に資することは有益なことだと思うのです。

班目春樹・元教授には、個人的に面識があったので、興味深いレポートです。

<図書館予約:(4/20予約、4/29受取)>

rakuten証言班目春樹 原子力安全委員会は何を間違えたのか?


原子力安全・保安院の無能さが突出していたけど、文科省の責任回避も陰謀と言われるほどしたたかだったようです。
p125~132
<文科省の隠蔽工作>
 SPEEDI本来の試算はほとんど使い物にならない代物だったので、その結果は公表しないが、それが原因で被曝者が出たと言われ責任を問われるのは嫌だ。しかし、これまで様々な仮定条件で試算したデータをすべて公表してパニックが起きれば、やはり批判を免れ得ない―。

 文科省は、追い込まれていたのでしょう。原子炉の水素爆発が相次ぎ、SPEEDIの試算結果に関心が高まっていた16日になんと、SPEEDIの運用に加え、計算結果の評価と公表などを原子力安全委員会に丸ごと押し付ける「奇襲作戦」を開始したのです。

 この件の詳細はかなり後になってから知りました。各種事故調の報告書、文科省が公表した資料の記述や、原安委職員たちの話を総合すると、次のような作戦だったと見られます。
 作戦の第一段階は、16日朝の官邸での会合でした。枝野官房長官の下に、伊藤哲郎内閣危機管理監、文科省の鈴木寛副大臣と田中敏政策評価審議官、保安院の福島章審議官、原安委の久住静代委員らが集まりました。

 放射性物質の拡散・影響をどう測定し、監視するか、政府のモニタリングについて、関係府省の役割分担を立て直し、確認する目的でした。打ち合わせは短時間でしたが、枝野さんから、まず、文科省がモニタリングのデータ取得及び結果のとりまとめと公表を行い、原安委はこのモニタリング結果についての評価を行う。さらに、原災本部においてその評価に基づく各種具体的対策を行う―、という三つの指示が申し渡されました。この時、SPEEDIについて発言した者は誰もいませんでした。

(中略)
<知らないうちに非難の矢面に立たされた原安委>
 文科省の陰謀に気づいていない私たち原子力安全委員は、オペレーターが手伝いにやって来たというので、さっそく16日から独自にSPEEDIを役立てることはできないかと、検討を始めました。
 
 この頃になると、福島第一原発から放出された放射性物質は、周辺や遥か関東地方の環境モニタリングのダストサンプル測定でも検出され始めていました。そのデータと、SPEEDIを使えば、第一原発から、どのくらいの量の放射性物質が飛散しているのか、逆算できるのではないか、という提案がありました。すでに述べた通り、事故直後から「」はないままだったのです。

 風向きの関係で放射性物質が海側へ飛散している日が多かったのですが、20日頃から陸側へ風向きが変わり、放出源情報を逆算するためのダストサンプルの測定データが取れ始めました。そして23日朝、やっと最初の逆算ができたので、本章の冒頭の発表となりました。

 ところが、この日の発表以降、私たちは文科省の陰謀に翻弄されることになりました。 新聞やテレビなどの記者にとっては、それまで強く要望してきたSPEEDI予測計算データの初公表だということで、大いに注目されました。


民主党政権末期の原発政策といえば・・・・迷走していた印象しかないわけです。
菅さんの資質も影響していたかも?
p149~151
<玄海原発、再稼動の目前に>
 行き当たりばったり、原発は動かすのか、それとも反原発、脱原発なのか―。
 そもそも、導入を指示したストレステストの位置づけにしても、海江田さんは「より安心感を得るためのテスト」だとしていたのに対し、菅さんは「(再稼動の)新たなルール」だということで、かなりニュアンスが違っていました。

 当の菅さんは、7月12日付の官邸のブログにこんなことを書いています。
【大震災発生から、昨日で4ヶ月。この間、復旧・復興と原発事故への対応に、私なりに全力を挙げてきました。しかし、私の言動について、なかなか真意をうまくお伝えすることができません。総理という立場を意識しすぎて、個人的な思いを伝えきれていないことを、反省しています。
 今回の各原発へのストレステスト導入をめぐっては、昨日、内閣としての統一見解をまとめました。私としては、「国民の皆さんが納得できるルール作り」を指示し、その方向でまとめることが出来たと思っております。決して思いつきではなく「安全と安心」の観点から、辿り着いた結論です。

 原子力安全・保安院が経産省の中に存在して、「推進」と「チェック」を同じ所が担っているという矛盾は、早く解決せねばなりません。これは、既にIAEAという国際的な機関への報告書の中でも言明しており、今になって急に言い出したことではありません。この考え方に立てば当然、各原発の再稼動の判断等を、現行の保安院だけに担わせることはできません。現行法制上はそうなっていても、現実として、独立機関である原子力安全委員会を関わらせるべきだ、というのが、今回の政策決定の土台です。この決定と並行して、問題の本筋である原子力規制行政の「形」の見直しも、既に検討作業に入っています。

 一方で政府としては、当面の電力供給に責任を持つ、という、もう一つの「安心」も確保しなければなりません。そのために今、企業の自家発電の更なる活用や、節電対策の工夫など、電力供給の確保策についても、近日中に具体的方針を示せるよう、検討を指示しています。
 従来のエネルギー計画を白紙から見直し、中長期的に再生可能エネルギー導入と省エネルギーを促進し、原発への依存から脱却してゆく―この明確な「決意」を、一日一日の中でどこまで「形」に置き換えていけるか。今日も全力で取り組みます。】


 なんと、原子力安全委員会に抱きついてきた、ということです。この「抱きつき」も、決して原安委や私を信頼しているということではなく、場当たり的に持ち出したものでしょう。そう考えると、私としては気が重くなったのを覚えています。そもそも、この頃には、原発の規制体制改革が活発に議論されていて、原安委は、廃止されることがほぼ確実になっていました。
 実際、8月15日には、保安院の安全規制部門を経産省から分離し、原安委の機能を統合した「原子力安全庁(仮称、現・原子力規制庁)」を環境省の外局として2012年4月に設置する方針が閣議決定されています。

 原発の安全規制を監視する原安委が、最後の仕事として、再稼動を手伝うことになるとは、思いもよらないことでした。

 ちなみに、間が悪いというか、菅さんがストレステストを言い出した6日、九電の、いわゆる「やらせメール」問題も大々的なニュースになりました。佐賀市で6月26日に行われた経産省主催の説明会に際し、九電が社員に、再稼動への共感を得られるような質問や意見をメールで送れ、と指示していたということでした。

 いずれにせよ、九電の原発再稼動は頓挫した、ということです。菅さんは、結局、地元をひっかき回した挙句に、地域に不信と不安を残した。事故対応に際してもそうでしたが、この人は、物事を混乱させ、ややこしくする。



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