西山夘三とその時代

<西山夘三とその時代>
図書館で『西山夘三とその時代』という地味な表紙の本を手にしたが・・・
西山夘三といえば
日本の住まいを民俗学的な視点で踏査した学者、2DKという間取りに関わってきた建築家というのが、大使の認識である。
とにかく、守備範囲が圧倒的に広い人でしたね。

この本は画像や写真を多用して、西山夘三の人となり、業績をわかりやすく述べるとともに、記念碑のように顕彰しています。


【西山夘三とその時代】
西山

西山夘三記念すまい・まちづくり文庫、2000年刊

<目次>より
第1部 西山夘三と日本のすまい 20世紀・すまいのアーカイブス
プロローグ
西山夘三・人と仕事
自分の生涯を対象にした著作から
日本のすまい

第2部 文書所蔵資料解題
文庫所蔵資料の概要
文庫所蔵資料をめぐって
西山夘三・業績一覧
西山夘三・年譜

第3部 文庫活動の紹介
文庫活動の足跡
特定営利活動法人NPOの設立
文庫資料の利用方法
参考資料

<大使寸評>
西山夘三といえば・・・
日本の住まいを民俗学的な視点で踏査した学者、2DKという間取りに関わってきた建築家というのが、大使の認識である。
とにかく、守備範囲が圧倒的に広い人でしたね。

ところで、西山さんは1967年のNHK連続ドラマ「ケンチとすみれ」のモデルなんだそうだが・・・
このドラマはほとんど見ていなかったので、コメントしようもないのです。

hamonika西山夘三とその時代


この本から、個人的に興味をひく部分を紹介します。

アパートに住むことが、庶民の夢だった頃がありましたね。

<アパートの登場>よりp56
 アパートとは、二戸以上の「住戸」(一世帯の居住者が独立してすむ居住単位)が同一の建物の中にある集合住宅建築をさしている。

 木造住宅を主としてきた日本では、階を積み重ねて住宅をあつめるということは、従来あまりみられなかった。しかし、都市という限られた地域に人間が密集して住まねばならない状態になると居住空間を上下に重ねた家があらわれてくる。

 わが国でも、すでに明治43(1910)年に鉄筋コンクリート6階建ての三井同族アパート、長崎・端島(通称軍艦島)には英国人グラバーの設計で大正7(1918)年に建てられている。

 不特定多数の市民向けの賃貸住宅として最初に建てられたのは、明治43年の「上野倶楽部」(木造5階建て)である。日本で最初のアメリカ風「本格的」なアパートメントハウスが東京神田・御茶ノ水の「文化アパートメント」(1925年)で、大正の人々に文化とアパートを強くアピールしたであろう。

 関東大震災のあと、義捐金を基金として設立された同潤会は、木造住宅7000戸、鉄筋コンクリートアパート1000戸(最終的には約2500戸完成)の建設を計画した。1920年から30年にかけて、青山、渋谷(代官山)などのアパート群が建てられた。西山は、太平洋戦争がはじまる前後3年間ほど、結婚直後から子どもが二人できるまで、代官山アパートの2階、2K型住宅に住んだ。


プレハブ住宅が出始めの頃は、いかにも安普請という感じであったが・・・
今では大手建売メーカーが日本の建売を牽引しているわけで、その様変わりが興味深いのです。

<プレハブ>よりp62
プレハブプレハブ

 先進国でこんなにプレハブ住宅が発達した国はない。しかもプレハブメーカーは巨大なハウスメーカーとなり、とてもプレハブには見えないプレハブ、ハウジングセンターという展示場と豪華カタログとテレビCMで夢を売る日本独特の商売となった。阪神・淡路大震災でプレハブが強かったことがそれに輪をかけている。

 当初の工業化住宅、部品の規格化などのプレハブの特徴よりも、商品化に重点がおかれ、間取り、デザインなどの自由化、多様化が進んだ。

 今やプレハブがデザインもリードして在来工法を引っ張っている。神戸ではまるでプレハブのように見える在来工法も多い。


「小さいおうち」という映画に戦前の女中が描かれていたが、この作品は女中と雇い主のプライバシーがテーマだったとも言えるわけです。
おうち

以下の「戦前中流住宅」に、プライバシーの説明が見られます。

<戦前中流住宅>よりp76
 資本主義の発展とともに、官吏、ホワイトカラー、知識人など中流階層も台頭してくる。彼等の手本になるのは上流階級の暮らしであったが、そこまでは手が届かない。そこで、玄関脇の応接間だけを洋室にする和洋折衷が流行った。

 また、多くの中流家庭では女中が住み込んでいた。家庭内の動線はややこしいものになる。そこで中廊下が普及した。しかし、通り抜け部屋は減ったが依然として部屋の間仕切りはフスマであり、使用人と家族は分離しても、家族の中にはプライバシーや個室の考え方はなく、家父長的秩序が支配し、集中就寝が一般的だった。
 中には、女中よりも過密な就寝となるケースもあった。

 

空港近くの、カプセルホテルが外国人客にとってクールなんだそうだが・・・
この発想の原点がドヤ・簡易旅館なんでしょう。

<ドヤ・簡易旅館>よりp99
 ドヤとは宿をひっくり返したスラングであるが語感がいかにもドヤらしい。法的には簡易宿所と言い、旅館の一種とされている。しかし、ドヤ以外に住まいをもたない人々にとっては住まいに他ならない。ねぐらずまいの一種である。

 その日の稼ぎによってたちまち文字通りのホームレスになってしまう人々に供給され、知恵をしぼって=限界まで切り詰めて商売となっている。

 もともと木賃宿は、江戸時代の街道筋にある村にはどこでも見られたもので、貧しい旅人の宿であった。しかし、明治時代に東京で「木賃宿」と呼んでいたものは、その日稼ぎの下層市民が住居としていたものである。今日ドヤ=簡易旅館に受け継がれている。代表的なものは、東京の山谷、大阪の釜ヶ崎のドヤ街であろう。

 大阪の釜ヶ崎は、明示の頃、住吉街道沿いに市街地がスラムから押し出された貧民と南部農村からの出稼ぎの貧民が住み着いたところ。1960年の人口は約3.5万人。日雇い労働者が6~7割を占める。経済成長の波に乗って、資本の要求する建設、運輸・港湾などの下請け・単身・自由労働者の集積地・貯水池となってきたのである。


この本の表紙に「すまい・まちづくり文庫」と名がついているが、文庫といってもB4版の大型本である。文庫とは、収蔵庫という本来の意味のようですね。

ウィキペディアで西山夘三の足跡、nDKモデルあたりを見てみましょう。

wikipedia西山夘三より

 1947年には『これからのすまい』を出版。庶民の生活実態を詳細に調査し、庶民が意図的・慣習的に住宅内で食事の場所と寝る場所を区分している生活実態を明らかにした。西山はこれを「食寝分離」とし、この住み方の法則を後の住宅計画において応用していった。

 第二次世界大戦後、東京大学の吉武泰水や鈴木成文等によって食寝分離論に基づく間取りが公営住宅の標準設計「51C型」に採用され、またその後の日本住宅公団に影響を与え、今日まで引き継がれているnDKの間取り(いわゆる「nDKモデル」)を産んだと言われる。公団が開発した大阪府の香里団地の基本計画は西山の研究室で作成されたものであった。

 また、日本万国博覧会でも総合計画を手がけ、戦後雑誌『新建築』で「新日本の住宅建築」特集号を執筆し、「大阪復興計画」、「新しき国土建設」では大都市否定論を否定して巨大都市や山岳都市など、居住密度の向上を提唱、「イエポリス」など京都(25階建の超高層住宅)、奈良の都市計画にも提言を行った。

 京都市電の存続運動をおこなった「京都の市電をまもる会」の会長も務めていた。 1960年の都市デザイン会議において、構想計画の観念規定を提示。



京町屋には、地場産業型の併用住宅が多いようです。

<京の手工業者の住まい>よりp80、81
 住宅には大別すると専用住宅と併用住宅がある。昔の町屋で表通りに面する家は「店家」とも書き、ミセ(見世・店)を開いていた。金持ちの別荘や隠居屋、妾宅等の専用住宅はシモタヤ(仕舞屋、しもうたや、商売をやめた家)といった。

 また職人は家で仕事をする「居職」と外で働く大工、左官といった「出職」に分かれ、居職は併用住宅、出職の多くは裏長屋の専用住宅であった。

 併用住宅は、年々減ってきているが、工業との関係でみれば、大都市では、金属・機械関係を中心とした町工場の併用住宅であり、京都や地方の都市では地場産業型の併用住宅が多い。

 西山は1949年に西陣の織屋調査を行い、その翌年1950年夏には、学生の協力を得て京都の伝統産業である京染、京菓子、清水焼、扇子、漆器、京人形の6業種について各10戸の詳しい調査を行っている。

 西陣地域のような住工混在地域は、地域的にも職住近接であるが、併用住宅も職住混合空間である。手工業者の住宅での仕事場と居住部分の関係は、空間的な組立てと時間的な組立てからなる。

 一方では、仕事上さまざまな点で便利であるが、他方で、騒音をはじめ、仕事上の問題が住生活を圧迫する(西山の実家も住宅併設の鉄工所であり、西山はそれに悩まされた)
 家族労働主体の零細な層では、空間的にも職住混合が多いが、規模が大きくなると分離される場合が多くなる。さらに時代とともに併用形態でも壁で間仕切られたり、分離される傾向にある。

 また、同じ手工業者の住宅といっても西陣の織屋のように音を出す業種と下の京人形の住宅では、生活への影響も異なってくる。


nDKとか間取りに関しては、2DKと京町屋にも、したためています。

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