関西あれこれ2    ③

<関西あれこれ2>
関西と言っても漠然としたくくりであり、十人十色の関西かも知れないが・・・
反権威で、実質本意で、おもろいetc.の関西を集めてみました。

・「味園ユニバース」という映画
・街場の関西論
・グ印関西めぐり(濃口)
・中島らもメモリアルWEEK
・大阪アースダイバー

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関西あれこれ1>目次

・大阪くいだおれ学
・関西人の系譜
・関西人の話法
・グランフロント大阪はどんなかな?

ビリケン



<「味園ユニバース」>
「味園ユニバース」という映画ができるんだって・・・ディープやんけ♪

朝日デジタルによれば、南海難波駅の北東側を最近では「ウラなんば」と呼ぶそうですね。
今では、ジャンジャン横丁の知名度は全国区なみであるが・・・そのうち「ウラなんば」もそうなるかも♪

12/25飲食店急増「ウラなんば」 倉庫街一変、若者集う 大阪より
味園

 大阪の南海難波駅近く、「ウラなんば」と呼ばれる一帯が若者たちでにぎわっている。かつてはキャバレーや倉庫街だったが、ここ数年で飲み屋がひしめく明るい路地に一変した。年明け以降、高級ホテルの外国人ツアーや、地元のビルを舞台にした映画の公開も予定されている。

 師走の買い物客や通勤客でにぎわう大阪市中央区の南海難波駅。その北東側、路地の入り組む一帯が「ウラなんば」と呼ばれる。数年前から急速に飲食店が増え、ガイドマップには130店が名を連ねる。

 名付け親は、2人の飲食店主。川端友二さん(43)は2007年、立ち飲み屋「大阪焼トンセンター」をウラなんばに開いた。「周囲にはキャバレーや風俗店の無料案内所。若い世代の店はなかったし、そんなんが面白いなと思った」。難波駅に近いのに飲食店が少ない「穴場」だった。

 ミナミ周辺で雇われ店長をしていた星本幸一郎さん(42)は4年前に「鉄板野郎」を出店した。川端さんと互いの店に飲みに行くようになり、意気投合した。

 徐々に店が増え出したが、難波駅から続くアーケードが途切れると、入ってくる人が少なくなる。

 「名前をつけたらええんちゃう。ウラと言われるとアンダーグラウンドをのぞいてみたなるやん」

 3年前、2人は「ウラなんば」と命名。取引先やタクシーの運転手らに「ウラなんばと呼んで」と言い続けた。12年に雑誌「ミーツ・リージョナル」で「ウラなんば」の特集が組まれると、一気に広がった。

 「以前はディープな暗い感じの場所で、飲食店をやりたいという人は少なかった」。千日前の「玉木不動産」の3代目、玉木智哲社長(36)は振り返る。「賃料が安いから個性ある店が集まった」。評判を聞きつけた人たちの引き合いが増え、09年に平均約1万6千円だった賃料の坪単価は約2万1千円に上がった。

 ウラなんばにある「千日前道具屋筋商店街」も様変わりした。業務用の調理器具をそろえる各店が、在庫用の倉庫を飲食店に貸すようになったのだ。ネット通販や大型量販店が出現し、在庫を抱える商売は価格競争に勝てなくなっていた。倉庫が並ぶ「地蔵通り」は、飲食店街に変わった。同じく人気の「ファミリー横丁」は、古い長屋が連なる細い路地だったのが、立ち飲み屋やバーがひしめく通りに変化した。

 「小さな店が多く、店主との距離が近い。飲みに出ればみんな友達になれる」

 大阪市中央区の会社員、寺尾陽司さん(46)はウラなんばにはまり、週5日は通う。3年前から、かいわいの店を安く飲み歩ける街バルイベント「ウラなんば文化祭」を開く。常連客が運営し、10月の3回目は約2500人が参加した。難波駅直上のスイスホテル南海大阪は、来年1月から外国人宿泊客にウラなんばを案内するツアーを始める。

 飲食店街や宴会場からなる「味園ビル」。地下のキャバレー「ユニバース」は3年前に営業を終え、貸しホールとしてライブやイベントに使われている。約40店からなる2階の飲食店街は、かつてスナック街だったが、個性的な若い店主が集まった。来年2月には、アイドルグループ「関ジャニ∞」の渋谷すばるさんが主演する映画「味園ユニバース」が公開される。(太田成美)

■「怪しいところ、若い人には新鮮」 山下敦弘監督
 映画「味園ユニバース」の山下敦弘監督(38)にウラなんばの魅力を聞いた。

 昨年の夏、映画の撮影場所を選ぶために、味園ビルの貸しホール「ユニバース」に来ました。2階のバーには以前から行っていたけど、ちゃんと見たのは初めて。なんじゃこりゃと思った。ぐちゃぐちゃでケバケバしくて独特でした。上の階には飲み屋があって面白いビルだなと知った。

 大阪芸術大時代と卒業後の4年間は、新世界で暮らしていました。20代の頃はウラなんばの一帯は若い人は行かないイメージ。本当に怪しい場所だった。

 大学の先輩のバンド「赤犬」のベース、リシュウさんが味園ビル2階でやっているバー「マンティコア」に数年前からちょこちょこ飲みに来ています。

 ごちゃごちゃとしてカオス。新宿のゴールデン街のよう。このかいわいの看板一つ見るだけでも、いつの時代の看板だよとか。ちょい不健全な怪しいところが若い人たちには新鮮に見えて、逆に魅力になっているのかな。

観光客があふれる「ウラなんば」になると、ディープさが薄れるのかも・・・
宣伝もそこそこにして、そっとしておいてほしいという気もするんですが。



<街場の関西論>
我が蔵書録の京阪神関連の本から二つの本を紹介します。

おお 雑誌「ミーツ・リージョナル」をからめて・・・・
「街場の関西論」になっているやないけ♪


【街場の大阪論】
大阪
江弘毅著、新潮社、2010年刊

<「BOOK」データベース>より
スタバはないがお好み焼き屋があり、缶ビールを24時間売っているコンビニはないが朝からやってる立ち呑み屋があり、ヤクザが徘徊し、おばはんの立ち話が続く。そんな「大阪の街場」のリアルなコミュニティと、そこで生きていくおもしろさを、岸和田に生まれ育ち、関西有数の雑誌の名物編集長だった著者が、ラテンのノリで語る。大笑いしながら考えさせられる大阪発スーパーエッセイ。

<大使寸評>
著者の江弘毅という人、内田先生のお友達でもあるが…
岸和田で生まれ育ち、雑誌「ミーツ・リージョナル」の創刊に関わり12年間編集長を務めたそうです。
「カーネーション」の世界で育ち、ベタな大阪を描いてるでぇ♪

Amazon街場の大阪論


この本から街場の真髄をひとつ、紹介します。

<てっちりの現場作法>よりp28~31
 大阪でも少し前までは、てっちりなどは玄人筋つまりヤクザな人の食べ物であり、シロウトは食べるものではない、という了解があった。だからこそ街場の大人にとっては実に旨いアイテムであるのだが、今でも大阪人の家庭では、若いOLの娘が忘年会などの後、家に帰ってきて「てっちりだった。ヒレ酒がおいしかった」などと言おうものなら、親は「この娘は、なんというものを…」と顔をしかめる。てっちりはそういう食べ物なあのである。

 わたしは、だんじり祭で有名な大阪のディープサウスと異名を取る岸和田の旧い商店街で生まれ育ったから、幸か不幸かそういうてっちり的なものには慣れ親しんできた。そういう下町的横丁的な体質は、同世代の大阪、京都、神戸といった近畿地方の街場の人間には深くきざまれている。

 そんな街場の大人は、休日の昼間に洋食屋に行ってライスなしでオムレツカキフライでビールを飲んだり、焼肉屋でロースやカルビを注文せずにホルモンだけを注文したり、行きつけの店でメニューにないものを注文したりすることが「おいしいこと」であると信じている。それは端的に「粋がる」ことには違いなく、考えてみればたわいもない行為であるが、そこには単純にグルメ情報カタログ誌に載っているような「美味い店」の「美味いもの」を商品として抽出して、それを消費してやろうというスタンスはない。あくまで店で遊ぶための方法論である。

 そういったグルメ者ではない、いわば街場の食の極道者たちは、てっちり屋で鍋を囲むと、さも当然のようにまずはアラ身ばかりを煮だった湯にドサッと入れる。そして蓋をして言葉少なに待つことしばし、誰かの「おう、もういけてるで」の声におのおの箸を伸ばし、時々「うまいのお」と唸りながら、きれいに身をさらう。そしてていねいにアクをすくい、アラ身のクチバシの部分や鍋皮が加わるものの、第二ラウンドも以下同じ。ほかの具はやっとそこから入り、豆腐そして白菜、春菊のみ。それもさっと食べる分を少しずつ。

 そういういわば、てっちり的文脈を無視して最初から野菜などを入れる無粋者には、
 「ちゃんこ、違うぞ」
 と静かに鍋奉行が注意する。今日のフグおよび全員の気分や身体状況が「イケる」となれば、アラ身だけを追加する。時にはてっちりとヒレ酒だけで満腹し、雑炊を省略してしてしまう。だから、大阪では「コースを数人分」とかで注文せず、「皮の湯引きと鍋」といった単品オーダーが多い。

 そういうディセンシーつまり現場作法のようなものが、連綿として街の先輩から後輩、時には父親から息子へと、実際にてっちり屋で一緒に鍋を囲むという仕方で伝わる。それはメディアの中の職業グルメたちが、鮨屋ではどの順番で何を注文するのが正しいとか、鴨のコンフィにはどんなワインを合わせるのが常道だ、と説くようなかたちで明文化・情報化できるものではなく、もちろんマニュアルといった類のものはない。

 なぜなら「フグを食べる」ということは元来アンタッチャブルな行為であったからだ。


この雑誌には、元編集長の、街場重視、「旨くて安い」という関西のおきてが感じられるわけでおます。

【三宮・元町ディスカバリー(Meets Regional#319)】
meets

ムック、京阪神エルマガジン社、2014年刊

<内容紹介>より
特集:三宮・元町ディスカバリー。
とにかく人気。とにかく新店ラッシュ。
立ち呑みフォーエヴァー!!、他

<大使寸評>
三宮・元町の飲み屋、食事どころ満載のムックで・・・・
高架下の店がけっこう載っていて、ドングリ国住民にとって、お奨めのガイドです。

江さんから見ればハイカラに映る三宮・元町であるが…高架下もあるんやでぇ♪

zassiMeets Regional#319




<グ印関西めぐり(濃口)>
「超ディープな関西ガイド」というコピーにつられて、ついアマゾンでこの本(中古)を注文したのです。
著者は朝日夕刊の『まだまだ勝手に関西遺産』シリーズのイラストを描いているくらいなので、関西の薀蓄については有り余るのでしょうね。


【グ印関西めぐり(濃口) 】
グ印

グレゴリ青山著、メディアファクトリー、2007年刊

<商品説明>より
「KANSAI Walker」の人気連載マンガが、待望の単行本化!
京都で生まれ育ち、大阪で古本屋さんのバイトを経験し、和歌山の山奥で2年ほど生活していたこともあるグレゴリ青山による、超ディープな関西ガイド。
大阪のウメチカ(梅田の地下街)、銭湯マニアとめぐる京都の旅、船舶画伯にガイドしてもらう神戸港、滋賀の草津にもある温泉などなど、グレゴリ青山独自の視点から見たおもしろ関西をご紹介します。

<大使寸評>
 グレゴリ青山による、超ディープな関西ガイドとのこと・・・興味深々でおま♪
アマゾンの中古本で汚れなし309円というのがあったので、速攻で注文したのです。
 2007年発刊の本なのでネタがやや古いが、ディープではあるのです。
ディープ過ぎて今ではなくなった場所もありました。
(たとえば、神戸元町の海文堂書店とか、明石のたこフェリーは、もうあらへんで)

 グレゴリ青山は各地のスパとか温泉に執心のようで、これも大使好みである♪
rakutenグ印関西めぐり(濃口)





<中島らもメモリアルWEEK>
今年7月に中島らもメモリアルWEEKという催しがあるそうです。・・・ええやんけ♪


3/6中島らもの世界、どっぷり1週間、7月に没後10年企画より
 中島らもの世界、どっぷり1週間 7月に没後10年企画
 小説や音楽、演劇など多彩なジャンルで異彩を放った中島らもさんがこの世を去って今年で10年。遺族やゆかりの俳優らが集まって、らもさんの作品と生き様を改めて「リスペクト(敬意)」する催しの数々を、命日である7月26日の前後に大阪市内で開く。らもさんの長女・中島さなえさんらが5日、記者会見を開き、明らかにした。

 企画したのは、さなえさんと、タレントの松尾貴史さん、俳優の山内圭哉さんら「らもさんとあれこれ関係のあった」面々だ。「一日だけじゃらもという人物を語れないし、遊びきれない」と1週間の「メモリアルWEEK」になったという。さなえさんは「はじめは身内だけと思っていたらどんどん話が大きくなった。父も喜んでると思う」と話した。

 初日の7月21日は松尾さんや升毅(ますたけし)さんらによる、音楽ありトークありのオープニングイベント。22日には桂米朝一門の落語家らが、らもさんが遺した創作落語を披露する「らも噺(ばなし)の会」、命日の26日には大槻ケンヂさん、町田康さん、チチ松村さんらによるライブなどが予定されている。詳細は公式ホームページ(http://ramo-nakajima.com/memorial/)へ。(向井大輔)

中島らも:1952年、兵庫県尼崎生まれ。灘高から大阪芸大に進み、卒業後、コピーライターとして注目される。84年から10年間、朝日新聞で連載した「明るい悩み相談室」が人気に。エッセーや小説、劇団やロックなど幅広く活躍。2004年、酔って階段から転落、52歳で死去。




<大阪アースダイバー>
 図書館で借りた「大阪アースダイバー」という本であるが・・・・
内容はディープな大阪案内であるが、切り口と本のタイトルが斬新なんですね♪
だいたい「ジャンジャン横丁のデュシャンたち」とか「ナニワのミトコンドリア戦略」とかいう切り口は、誰も設けないですよ。

とっつきには、著者中沢新一の独特な推論(イデオロギッシュというべきか?)に違和感があるが、読み進むと慣れてきます。
まあ、講談とか浪曲になじむようなものか♪

<湿った通天閣>よりp155~156
 上町台地の崖際に立つと、後ろに四天王寺五重塔、前方の崖下向こうに通天閣が見える。同じ塔でありながら、二つの塔はあきらかな違いを感じさせる。
 四天王寺五重塔は、創建者であった聖徳太子がそう願ったように、「太陽に近い」ことに意味を持つ塔である。そのために四天王寺の仏塔は、「乾いた」印象を与える。

 それに比較すると、通天閣は沼地から咲き出した蓮の華のように、「湿っている」のを感じる。じっさい通天閣の建つあたりは、長いこと沼だった。その沼から、通天閣はまるで水生植物のように、天をめざして生え出している。

 通天閣は、女性的なものの真ん中を貫いてこの世界に出現する、まだ皮をかぶって湿った部分を残している。子供のペニスをあらわしているのではないか。もっと言えば、それは胞衣をかぶって生まれたばかりの、新生児の精神を象徴しているのではないだろうか。
 通天閣は、新しいモダニズムの世界に生まれ出るはずの、「子供」としてのペニスなのである。いやモダニズムそのものが、既成の秩序を壊す子供の精神から、インスピレーションを受けた運動である。そのモダニズムの新世界を象徴する通天閣が、男の子のものを連想させたとしても、少しも不思議ではない。

ビリケン

 そうなると、この塔のマスコット的な存在として、「ビリケン」という精霊の像を選んだ人たちの想像力は、そのものずばり人類的な普遍性に触れていたことになる。たしかにビリケン像を着想したのは、アメリカの女性アーティストだったであろうが、その像を思いついたとき彼女の想像力は「子供の姿をした精霊」をめぐる、人類の心の奥深い謎に、触れていた。そして、大阪人はそれをこともなげに、通天閣とくっつけたのだった。

 こういうことが、「大阪の神秘」なのである。大阪人はモダニズムに浮かれまくっていながらも、アフリカやアジアの精神的古層との、たしかなつながりを保ちつづけている「人類」そのものである。こういう神秘は、東京にはほとんど見出すことができない。大阪アースダイバーの醍醐味は、こういうところにある。


大阪ミナミは霊的な場所だったようですね。更に読み進めます。
ふだんは無神論で罰当りの大使であっても、四天王寺には手を合わせたくなったりして(笑)

<最後の庇護の場所>よりp163~165
 四天王寺は上町台地の上にある。その四天王寺が、大阪ミナミに広がる低地のアースダイバー的構造を、完全に決定しているこの不思議。
 古代から今日にいたるまで、荒陵と呼ばれたあたりから、釜ケ崎を含むかつての今宮村まで広がる広大な地域が、時代ごとのプロレタリアに向かって、やさしく胸襟を開いていた。こんなことは、他の都市にはめったにおこらなかった。大阪にこのような愛隣的現象がおきたのは、崖の上に四天王寺が建っていたためである。

 四天王寺ははじめ森ノ宮にあったが、のちに荒陵に移されて、壮麗な仏教寺院のたたずまいを誇っていた。この寺は、古代河内戦争の敗者である物部守屋の霊を鎮めることを、隠されたもう一つの目的として建てられたため、死をまぬかれた物部氏の一部は、四天王寺の周辺に住み着いて、雑役をとおして寺に奉仕する下級僧として、生きのびることを許されたのであった。

 荒陵には、重い病気にかかった人々を収容する悲田院が設けられた。そればかりか、五重塔の脇にあった引声堂の床下には、古代末期になると、土地を捨てて逃亡した浮浪人や、病気のために村に住めなくなった人々が、住みつくようになっていた。こうした人々は、物乞いをしなければ生きていけない。いわば古代のプロレタリアであった。彼らは夜には四天王寺の床下に眠り、昼は村々に物乞いに出かけた。四天王寺は、そうやって無産者たちをまもっていた。

 そういう床下住人の群れのなかに、俊徳丸という若者がいたことを思い出していただきたい。今日でも河内音頭最大のヒーローであるこの物乞い人の活動範囲を、説経本や浄瑠璃本などから推測してみるに、荒陵から合邦辻あたりまで広がる、広いエリアをおおっていたことが想像される。合邦辻とはいまの新世界の近く、そこから少し足を延ばせば、西成・釜ヶ崎の近辺にたどり着く。そうすると、四天王寺居留のプロレタリアにとってこのあたりまでが、聖徳太子建立の寺院の霊力が、直接に及んでいるエリアだったことになる。
 近世には、荒陵にあった古代以来の飛田墓地と新しい千日前墓地は、ひとつながりの霊域と考えられていたために、荒陵一円をおおっていた、四天王寺の放つプロレタリア庇護の霊力は、千日前界隈にまで及ぶことになった。そのためか、近世のはじめに大量に出現した流民の群れにとって、千日前墓地も愛隣的区域として、かっこうの流入地となった。もともとここには大きな非人村があったため、公民権さえ奪われてしまった人々にとって、大阪ミナミは、自分らの生存のために地上に残された、わずかな土地となったのだった。

 徳川期にキリスト教の信仰が厳しく禁止されると、千日前墓地には、公民権を奪われ非人に落とされた、たくさんの「転びキリシタン」が流れ込んできた。ことに、女性の転びキリシタンが多かった。信仰者であることを暴露されて転んだこれらの女性たちは、在所に住むことを許されなかった。女性たちは流れ流れて、千日前墓地にたどり着き、そこで非人の男を見つけて夫婦になることができた。

 古代には重い病気によって、近世には信仰によって、流民化しプロレタリア化せざるを得なかった人々にとって、広い意味での荒陵の土地は、最低ぎりぎりの暮らしぶりとはいえ、生命をつなぐことは可能にしてくれる、最後の庇護の場所となってくれていた。大阪には古代以来、けっして狭くない領域にまたがって、このような愛隣的区域が形成されていたが、その精神的な中心には、いつも四天王寺の存在があったといえる。


ときどき、鶴橋の焼肉が無性に食べたくなる大使にとって、このあたりのコリア世界が興味深いのです。

<生野区と平野区を掘る>よりp245~247
コリア

 大阪に堆積したコリア世界の地層は、大きく分けて「古層」「中層」「表層」という、三つの層でできている。
 古層はもっとも早い時期に、上町台地に上陸した、三韓からの渡来民が搗き固めた、大阪という都市の土台にあたる部分を言う。彼らがやってきたのは、ずいぶんと古い話になるし、そののち長い時間をかけて日本文化とのハイブリッド化も進んだので、アースダイバーの手法でも借りないかぎり、この地層を直接掘り出すのは難しい。

 中層は近代になって形成されてきたもので、三層のなかでもいちばん分厚い層をなしている。この層は、地表にさらされている部分が多いから、現在でもすぐに見分けることができる。この地層の形成は、日本の資本主義の発達によってもたされた。かつてのいわゆる「帝国主義」の時代に、安価な労働力として朝鮮半島からやってきた、おびただしい数のコリアンたちが、異国の地につくりあげた生活世界の地層でもあり、たえずきびしい差別にさらされてきたところが、古層のコリア世界との違いである。

 中層から表層への変化をもたらしたのは、ごく最近の「韓流ブーム」である。昨今の韓国の資本主義の発達はめざましく、いまやいくつもの分野で、日本をしのぐ実力を身につけている。この変化にもっとも早い時期に、的確な感覚的反応をしめしたのが、例によって「大阪のおばちゃん」たちだった。彼女たちの感覚は、男たちよりもずっと柔軟だから、現実の深層部で進行していることに、敏感に反応することができたのである。

 「韓流はかっこええんやない?」。こういう感性的反応が登場してしまうと、それまでの面倒くさい歴史問題や感情のもつれなどは、無思考の大阪に飲み込まれてしまい、ミーハー思考によってコリア世界を取り巻く状況は大きく変わってしまった。桃谷のコリア街などは、これまで生活用品を売る店が建ち並ぶ細々とした商店街にすぎなかった。そこがいまや軽量エキゾチズムを求めて訪れてくるたくさんの韓流ファンによって、にぎやかなコリア・タウンに変貌した。中層から表層への変化をつくりだしているのは、ここでも資本主義の現代的変化にほかならない。中層コリア世界が生産型資本主義によって生み出された現実であったのにたいして、新しく生まれつつあるこの表層のコリアは、情報型資本主義がつくりだした現実にほかならない。

 大阪の文化は、このような三層をなしてダイナミックに活動をつづける。このコリア世界との関わりなしには、考えることはできない。この地層から放出されてくる力が、「大阪のバイタリティ」と言われるものの、おおもとをなしているからである。この三つの地層は、面白いことにほぼ同じ場所で堆積をおこしているから、同じ地点を掘り下げていくだけで、大阪におけるコリア世界の歴史的全貌に近づいていくことができる。有力な発掘場所は、その多くが生野区と平野区に分布している。

 大阪にコリア世界の確かな古層が形成されだしたのは、5世紀の頃である。高津古代港から上陸を果たした百済人の大集団は、上町台地をこえて、東に広がっていった。彼らは平野川の扇状大地にたどり着き、そこを開拓地と定めた。まず「ヒメコソ」の森となる場所を定め、それから村づくりにとりかかった。




【大阪アースダイバー】
大阪

中沢新一著、講談社、2012年刊

<「BOOK」データベース>より
南方と半島からの「海民」が先住民と出会い、砂州の上に融通無碍な商いの都が誕生・発展する。上町台地=南北軸と住吉~四天王寺~生駒=東西軸が交差する大地の一大叙事詩を歌いあげる。

<読む前の大使寸評>
内容はディープな大阪案内であるが、切り口と本のタイトルが斬新なんですね♪
だいたい「ジャンジャン横丁のデュシャンたち」とか「ナニワのミトコンドリア戦略」とかいう切り口は、誰も設けないですよ。

rakuten大阪アースダイバー


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