虐殺器官

<虐殺器官>
もう伊藤計劃の小説は読めないのか・・・
「BOOK」データベースが、ゼロ年代最高のフィクションと謳っているが、本当に惜しい作家が夭折したものです。

娘の部屋にあった『虐殺機関』を読み終えたので、紹介します。


【虐殺器官】
虐殺

伊藤計劃著、早川書房、2010年刊

<「BOOK」データベース>より
 9・11以降の、“テロとの戦い”は転機を迎えていた。
 先進諸国は徹底的な管理体制に移行してテロを一掃したが、後進諸国では内戦や大規模虐殺が急激に増加していた。米軍大尉クラヴィス・シェパードは、その混乱の陰に常に存在が囁かれる謎の男、ジョン・ポールを追ってチェコへと向かう…彼の目的とはいったいなにか?大量殺戮を引き起こす“虐殺の器官”とは?
 ゼロ年代最高のフィクション、ついに文庫化。

<大使寸評>
言語学に関する薀蓄、軍隊の民営化、『プライベート・ライアン』、カフカ、J・G・バラードの『太陽の帝国』、アフリカの角、個人情報のトレーサビリティ・・・
どれを取っても、大使のツボを突いています。
単なるSFというよりは、社会派のサスペンスなんだろう。
それにしても、著者の該博な知識や欺瞞を嫌う社会性なんかがすごい♪
惜しい作家を失ったものですね。

rakute虐殺器官


戦闘の合間に、シェパード大尉の知性が垣間見える次のシーンには・・・
図らずも、著者が単なる戦闘オタクの作家とは一線を隔しているように思えるのです。
p40~42
「目標まで、これだとあっという間ですね」とアレックスが口を開いた。「このピックアップの脇に書いてあるの、なんていう文字なんでしょうね」
 日本語だ、とぼくは答えた。大学で日本語をすこしだけ勉強していたことがあったし、そのために選ばれて日本のジエイタイという軍隊を訓練したこともあったからだ。文字はフジワラという名前のトウフ・ショップが使っていた車であることを物語っている。日本のトウフ・ショップも、まさか自分が売り払ったオンボロが、はるか東欧の内戦で機関銃の機動銃座に使われているなどとは思いもしないだろう。

「漢字、かっこいいですよね」
「読めない文字は情報というより意匠だからね」
「読めないからこそカッコいい、てことですか」
「そういう部分もあるな。理解できない文化は排斥の対象になりやすいのと同じくらい、崇拝や美化の対象になりやすいんだよ。エキゾチック、とか、オリエンタル、とかいう言葉のもつクールさは、理解できない文化的コードから発しているというべきだね」
「異国の文字は、ことばでありながらことばでない、と。それはテキスタイルと同じようなパターンや図像に近いわけですね」
「意味情報を消失しているわけだからね―正確に言うなら、ぼくらが意味情報を取得できない、ということだが。異国の文字でスクラブルをやったら、できあがったボードはほとんどアートにしか見えないだろうな」

 ぼくらはよく基地で待機中にスクランブルをやった。15×15のマス目と睨めっこしながら、ボードを英単語で埋めつくしていって、待機の長い時間をつぶすのだ。ウィリアムズときたらしょっちゅうぼくに勝負を仕掛けてきては、毎回負けてふてくされている。負けたときのウィリアムズは決まってこう言うのだ。
「いいか、平均的なアメリカの成人は四万五千の単語を知っているはずなんだ。四万五千だぞ。なのになんで俺は15マス平方のボードを埋める単語を思いつかないんだよ」

 ちなみにスクラブルで世界最高の得点をあげた単語は地方領主(CAZIQUES)で、ぼくはウィリアムズとの勝負で一度これを出したことがある。スペイン語派生の少々マニアックな単語で、獲得した点数のあまりの高さもあってか、そんな単語は存在しないと怒り狂ったウィリアムズは、辞書を引っ張り出してきて調べなければ納得しないほどだった。ぼくは生まれてから一度もスクラブルに負けたことがない。母とはじめてゲームをした8歳のときから一度もだ。
「お前はことばにフェティッシュがあるようね。言語愛者、とでも言うべきかしら」
 そうティーンエイジャーのころ母親に言われたことがある。意識したことはなかったけれど、たしかにぼくはことばが好きだった。

 
イスラム国での殺戮を予感させるような、著者の構想力と社会性が表れているあたりを紹介します。
2010年刊行のこの本ではウェブコマースという言葉を使っているが、現在ではeコマースが定着しましたね。

 さすがに、イスラム国のようなインターネットによるリクルートまでは、書いていませんが。
p97~100
「ソマリアは清く正しく仲良く生きようと銃を捨てたが、困窮は極まるばかりだった。だから、いままでの内戦で世界に与えたネガティブなイメージを覆さねばならなかった。ここは投資に値する場所であると、ここには教育を施された働く意思のある文明人がいると、さらには、観光に来てもまったく安全であると。それらは1年前までのソマリアではまったくの事実だったのだが、しかし事実であるというだけではどうしようもない。それを世界に知ってもらわなければどうにもならないのだ」
「PR会社ですか」
 ぼくは言った。DIAはうなずき、
「そうだ。国家のイメージはPR会社によって大きく左右される。アフメドはオックスフォードで国際政治を学んでいたから、ボスニア・ヘルツェゴビナの紛争におけるようなPRの必要性を強く認識していた」
 希望という軍勢は、それに忠誠を誓うのはとてもたやすいが、実際に動かすのは困難である。そうなにかの本に書いてあったが、その希望とやらを実際に動かすためには
アメリカに知ってもらい、ロビイストを動かさねばならない。そこで登場したのが、国をクライアントとするPR専門家だった。

 ワシントンで記者会見を開く、閣僚をアメリカのネットワークに出演させる。アメリカ政府の要人と会見させて、困窮を訴えると同時にメディアの記事にしてもらう。そうやって「希望という軍勢」ははじめて動く(かもしれない)ように世界はできているのだ。
「とにもかくにも、世界にソマリアの状況を知ってもらわねばならない。わたしたちは戦いをやめ、前へ進む意志を持つ優秀な国民を抱えた、しかし貧しい国だと知ってもらわなければならない。そこでアメフドは、元PR会社の男を文化宣伝顧問として、ソマリア政府に雇い入れた」
 ぼくにはもう話が見えている。
「それがジョン・ポールだったのですね」
 全員が、ウィリアムズも含めて、ぼくのほうを見た。注目を集めるつもりはなかったのだが、みな、ぼくの話を先取りする能力に驚いたらしい。
「そうだ。ジョン・ポールがソマリアに入ってどうなったか、シェパード君にはもうわかっているようだね」
 国家が人格的は「犯人」である殺人事件、というものを想像してほしい。
 ニュースリポーターが隣人にインタビューすると、彼女はこう答える。とても親切でまじめな方で、ゴミ出しもきちんとしていましたし、そんなことをするような人にはぜんぜん見えなかったんですけど。

 ようするに、そういうことだ。ぼくはうなずいて、DIAの言葉を引き受ける。
「ええ、つまり現在の状態になったんでしょう。あっという間に国中が混沌に還った。万民が万民に対してのホッブス的な闘争を開始した。混沌。殺す側と殺される側に、国民たちが分かれていった。そして―」
「ブラック・シーの砂浜に、道に迷ったイルカの末路のごとく、無数のソマリア人の骸が転がることになった、と。」
 ウィリアムズが話をしめた。
 ジョン・ポール。

 いまや、この男は内戦地帯をうろつく奇特な観光客ではないことが判明した。暗殺指令が出た当初から、それを立案し承認した人間たちにはわかっていたことだが、実行するぼくらにそれが教えられることはなかった。 
 ぼくらが幾度も殺そうと試みては失敗しているこの男が、世界各地で虐殺を引き起こしているということを。

 この男が入った国は、どういうわけか混沌状態に転がり落ちる。
 この男が入った国では、どういうわけか無辜の命がものすごい数で奪われる。
「それだけのことが、わずか半年のうちに起こった」DIAが続ける。「平和になっても注目しなかった国々が、この殺戮には運よく反応してくれた。世論、大統領選、お決まりの流れだ。しかし、アメリカの即応軍は世界各地で立て続けに起こった内戦やテロや民族紛争で出払っていた。近代の軍政はじまって以来の大規模アウトソーシングが行われたのは、そういうことだ」


とうとう「虐殺の文法」という言葉が出てきました。この小説の佳境にさしかかってきました。
p216~220
「CIAの機密文書や、NSAが傍受していた海外のトラフィック記録も、ぜんぶ閲覧できるようになった。クメール・ルージュのポル・ポトの無線通信から、ルワンダのラジオ放送まで。国防総省が便宜を図ってくれたから、ロシアの公文書館でカチンの森の虐殺に関する資料すら見ることができた。しかし、やはりNSAやCIAの、生のトラフィック傍受を研究対象として扱うことができたのが、なにより大きかった」
「そこで、あなたはなにを見つけたんだ」
「虐殺には、文法があるということだ」
 ぼくにはその意味がわからなかった。
 ジョン・ポールもそれを察して説明を続け、
「どの国の、どんな政治状況の、どんな構造の言語であれ、虐殺には共通する深層文法があるということが、そのデータから浮かび上がってきたんだよ。虐殺が起こる少し前から、新聞の記事にラジオやテレビの放送に、出版される小説に、そのパターンはちらつきはじめる。言語の違いによらない深層の文法だから、そのことばを享受するきみたち自身にはそれが見えない。言語学者でないかぎりは」
 虐殺の文法。
 それが語られるということは、その国でやがて起きる大量殺戮の予兆。
(中略)

 心の進化の産物だ、というルツィアの言葉が思い出された。
 あの話はジョン・ポールからの受け売りだったのだろうか。
 そう思うと、なにとは言えない悔しさが、腹の底からこみ上げてきた。
「でも、子供が使う言語は、周囲の人間が使っていることばだ。赤ん坊はエスペラント語を脳に刻まれて生まれてくるわけじゃない。それこそ、言語が後天的な学習の結果だということじゃないか」
「かつて奴隷労働が合法だった時代、農園主は奴隷の使うことばなんぞはまるで気にもかけなかった。アフリカの様々な場所から誘拐されてきた、言語も習慣も異なる別々の部族の黒人奴隷たちは、最初たがいに話が通じないまま働かされるはめになる。しかし、そうした状態も長くは続かず、やがて奴隷たちは、主人の言語―つまり英語を聞き取って、片言で話すようになった。あとから手探りで学んだ言語だから、オリジナルに比べて文法的技巧を凝らして自由に話すことはできない。その第一世代の言語はピジン英語と呼ばれる」

 そこでジョン・ポールは一息ついて、
「そうした奴隷たちの子供が、そのピジンを母語として育ち、同じくピジンを母語として育ったほかの子供と接したとき、硬直したピジンにはない、より生き生きとした、自然な言語らしい文法が生まれた。親が用いていなかったはずの文法を、子供たちが発明したのだよ。
 それは英語を基本にしてはいるが、オリジナルを直接聴きながら成長した者たちのことばではない。英語をいわば、見よう見まねで喋っていた者たちの、びごちない会話を聴きながら育った世代が、新しく生み出したことばだ。それらが混成語(クレオール)だよ。子供たちは明らかに、親の言語が持っていなかった複雑な文法を獲得していた。

 それは脳がその内部にあらかじめ、手持ちの要素を組み合わせて文を生成するしくみを持っていたからに他ならない」
「その生得的な文生成機能が、深層文法だということか」
「遺伝子に刻まれた脳の機能だ。言語を生み出す器官だよ」
 脳のなかにあらかじめ備わった、言語を生み出す器官。
 その器官が発する、虐殺の予兆。

「脳に刻まれた言語フォーマットのなかに、混沌を示す文法が隠されているのだとしたら、政治的、民族的に不安定な地域のトラフィックを分析すうことで、残虐行為の発生を予測できる。国防高等研究計画局はそう考えたんだな」
 ジョン・ポールはうなずいた。

「研究を進めるうちわたしには、人間がやりとりすることばの内に潜む、暴力の兆候が具体的に見えるようになったのだよ。もちろんそれは、個人個人の会話のレベルで見えてくるものではない。虐殺された側であるはずの、ナチス政権下のユダヤ人たちの会話のなかにも、この構造はちらついているからね。地域全体の表示頻度でないとわからない。ただし、この文法による言葉を長く聴き続けた人間の脳には、ある種の変化が発生する。とある価値判断に関わる脳の機能部位の活動が抑制されるのだ。それが、いわゆる『良心』と呼ばれるものの方向づけを捻じ曲げる。ある特定の傾向へと」

 ここまできて、ぼくはもうこの先にある、おぞましい可能性がはっきりと見えている。ジョン・ポールがその先にどんな思考の転換を行い、どんな結論に達したのかを。

解説では、著者の9年にもわたるガンとの闘病の経緯が書かれています。
小康状態の間に、この小説が書かれたようですが、残る時間を計算しながら、生きた証として書いたのでしょうね。

ところで・・・
小説の終盤ちかく、ヴィクトリア湖沿岸の人工筋肉工場群が舞台になるのだが、これが「ダーウィンの悪魔」という映画を彷彿とさせるのです。

この小説も「ダーウィンの悪魔」も描くのは(SFと映画の違いはあるが)貧困とか民間軍事会社や環境破壊を生む社会を糾弾しているわけで・・・
グローバリズム、新自由主義経済の恐ろしさが見えてくるわけです。


【ダーウィンの悪魔】
ダーウィンの悪夢
フーベルト・ザウパー監督、H24.1.14観賞

<movie.walker解説>より
世界各国の映画祭で絶賛された社会派ドキュメンタリー。日本にも輸出される白身魚が原因で、アフリカで起こった貧困、売春、エイズ、ドラッグなどの問題を告発した衝撃作。
<大使寸評>
長編ドキュメンタリーを久々に見た。ナイルパーチの肉をジャンボ輸送機アントノフでピストン輸送している現実が、新自由主義なんだろう。
「ナイロビの蜂」とか「ロード・オブ・ウォー」が連想される映画であった。

ただ、この映画のストーリーには作った部分もあるので、純粋なドキュメンタリーとは言えないのが気になるのです。
movie.walkerダーウィンの悪夢


28日の朝日が「ビクトリア湖のナイルパーチが激減」と報じているが・・・現実がこの小説に近づいたような気がするのです。

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