個人的言語学8 ③

<個人的言語学8>  
異邦、異邦人に対する興味、あこがれがこうじてくると、その言語に目が向けられる・・・・・
ということで、方言とか言語とかについて集めてみます。
最近は仕事の関係もあり韓国語にはまって、おります。

・文字を持っていた突厥帝国
・ベトナム語の悲哀
・外国語の記憶
・なぜ日本人は日本語が話せるのか
・『日本語は生きのびるか―米中日の文化史的三角関係』
・「カラカラ」を観た
・敵性米語について

**********************************************************************
個人的言語学7>目次

・サイズと話し言葉
・関西人の話法
・関西弁強化月間みたいに
・全国アホ・バカ分布図
・漢字文化圏の成り立ちについて
**********************************************************************
個人的言語学6>目次
・既に漢字文化圏
・「日本隠し」を続ける意地はすごいけど
・『海角七号』で日本語で歌われた「野ばら」
・漢字文化圏あれこれ

**********************************************************************
個人的言語学5>目次
・10年後に食える仕事、食えない仕事
・英語や中国語より人生に役立つ言語を学ぼう
・翻訳とは憑依することである
・今日から始まる「100分de名著・徒然草」
・「実戦・世界言語紀行」2
・「日本語を書く部屋」




<文字を持っていた突厥帝国>
隋・唐の各帝国と対立した突厥帝国は独自の文字を持っていたそうで・・・
巨大な碑文発見という、この新聞記事が大使のツボを突くわけです。


7/17遊牧民の巨大碑文発見 「我が土地よ、ああ」突厥刻むモンゴルより
8世紀中ごろのトルコ系遊牧民族「突厥(とっけつ)」の巨大な碑文をモンゴル東部の草原で発見した、と大阪大大学院の大澤孝教授(古代トルコ史)が16日発表した。中国の隋・唐の各帝国と時に対立し、時に結びながら中央アジアを支配した突厥の国家体制や制度を解明する貴重な史料となりそうだ。

 大澤教授とモンゴル科学アカデミー考古学研究所は5月、ウランバートルの南東約400キロにある遺跡で、それぞれ全長約4メートルと約3メートルの碑文の残片を発見した。計20行、2832文字の古代トルコ文字(突厥文字)が刻まれ、解読の結果、「我が家よ、ああ」「我が土地よ、ああ」など、死者が家族や故郷との別れを惜しむ文面だった。

 突厥は、中央ユーラシアの遊牧民族で最も古くに独自の言語と文字を残した。

<突厥> 552年にイリ可汗(カガン)が突厥第1帝国を樹立。隋の分断策で東西に分裂するなどし、東突厥は630年に唐の支配下に。682年に再び唐から独立して突厥第2帝国を築いたが、744年にウイグルに滅ぼされた。

今では中国のなかで自治区と称して、漢族の同化策の憂き目にあっているのがモンゴル、ウイグル、チベットなどの少数民族である。
文字を奪い、同化策を進めるのが、これまでの漢族の統治方法であったことを思えば・・・別れを惜しむ碑文の文面がより現実味が感じられるわけです。

東アジアは漢字文化圏であるが、かつて、その漢字文化圏の外縁に突厥文字を持った帝国が存在していたわけですね。
漢字文化を受け入れつつも、大陸からの侵略に耐えてきた辺境・日本であるが・・・
海を隔てた地理的条件が幸運だったと言わざるをえないわけです。

「地球ことば村」というサイトから突厥文字を引用します。

突厥文字より
突厥文字突厥文字(碑文体)

 文字名称の由来は,チュルク突厥帝国がモンゴリア高原に残した突厥碑文に刻まれた文字からつけられた。突厥文字は,チュルク語の一種である突厥語を表記するのに用いられたが,一部はウイグル語表記にも使用された。突厥語とウイグル語(8世紀まで突厥文字で表記された)をあわせて「古代チュルク語(Old Turkic language)」という。突厥文字表記された物の出現箇所は,オルホン川流域のほか,イェニセイ川流域,バイカル湖北域,アルタイ地域,東トルキスタン,タラス川流域,フェルガナ盆地に分類される。

 突厥文字の来源には,ルーン文字,フェニキア文字,アラム文字などがあるが,早い段階からソグド文字を借用したとする説が有力である。5世紀から8世紀にかけて中央アジアで活躍したソグド人が使った「仏教・草書体ソグド文字」を,古代トルコ語の音組織に適合するよう字形を調整したのが突厥文字である,という説である。しかし,実際には,ソグド文字と突厥文字の間には形態上の大きな差異が見られ,現在のところ,突厥文字の起源に関して納得いく説明はなされていない。ただ,音節文字の要素を持つこの文字が,セム系の文字を継承していることは確かである。

まぁ 西域にあこがれて国名をドングリスタンとしたぐらいだから・・・
突厥文字(古代トルコ文字)となると、もろに大使のツボでんがな♪



<ベトナム語の悲哀>
漢字がつくった東アジア4を書いていて、クオック・グーというベトナム語のローマ字表記化に関するwikipediaのサイトに巡りあたったわけです。
言語学的なややディープなサイトなんですが、辺境、言語といえば・・・大使のツボでんがな♪


wikipediaクオック・グーより
辞書ベトナム語のローマ字表記の辞書

 クオック・グー(國語)とは、ラテン文字を使用してベトナム語を表記する方法。アクセント符号を併用することにより、ベトナム語の6声調を表記し分ける。「クオック・グー」とは、「国語」のベトナム語読みである。

 1651年フランス人宣教師アレクサンドル・ドゥ・ロードが作成した『ベトナム語-ラテン語-ポルトガル語辞典』において、ベトナム語をラテン・アルファベットで表記したものに起源をもつ。ベトナムのフランス植民地化後、公文書などで使用されるようになったことから普及し、1945年のベトナム独立時に漢字に代わりベトナム語を表記する文字として正式に採択され現在に至る。

 ベトナムでは、公式な書き言葉として、20世紀に至るまで漢文が用いられてきた。また、漢字語彙以外のベトナム固有の語を表記するための文字としてチュノムも、13世紀に発明されて以降知識人の間などで長年使用されてきたが、習得が難しく統一した規範も整備されなかったため、18世紀の西山朝などの一時期を除き、公文書では採用されなかった。
 1651年に、フランス人宣教師アレクサンドル・ドゥ・ロードが、現在のクオック・グーの原型となるベトナム語のローマ字表記を発明したが、主にヨーロッパ宣教師のベトナム語習得用、教会内での布教用に使用されるのが主であり、一般のベトナム人に普及することはなかった。

<問題点>
 クオック・グーは起源からしてフランスの植民地権力に近い側の知識人に由来するため、その綴りにはフランス語中心的な視点にたち、必ずしもベトナム語に適していないものもある。ベトナム語で同じ音素であっても、フランス語で書き分けるものやフランス人が聞いて違う音と判断したものは書き分ける。例として音素kは、フランス語の規範にのっとりc、k、quを使い分ける。また、音素ngも場合によってngやnghと書きわけられる。

 またクオック・グーは中国のピンインや注音字母と違い、正式な文字として採用されたため、それまで多くの著作を著すのに使用されてきたチュノム表記ベトナム語や漢文を破滅に追いやったという側面もある。これも、クオック・グーはキリスト教徒や植民地権力が、ベトナムの儒教や仏教、そしてベトナムの文明を、フランス文明、キリスト教、西ヨーロッパ文明へと置き換えるために、漢字漢文の素養を破壊する道具として利用したことに起因する。


1945年独立を期に、チェノムよりクオック・グーに切り替えたのは中華のしがらみを絶ったのでしょうか?
ベトナム人にとっては、フランスの植民地化より中華との桎梏がより深く誇りを傷つけていたのかも知れませんね。

でも、中華のしがらみを絶ったが、フランスのしがらみが残っているという・・・・
ベトナム語の悲哀というしかないのかも。

一方、朝鮮半島のハングルである。
これは朝鮮人の独創的発明であり、宗主国日本とのしがらみを絶つということでは・・・
ヴェトナムよりは幸せな、言語上の変革でしたね。


<外国語の記憶>
言葉の記憶に関しては、母語の学習は手続き記憶、外国語の学習は宣言的記憶と言われているそうです。
母語や、自転車の乗り方の記憶は「手続き記憶」と呼ばれるそうで…
いわゆる「体が覚えている」状態で、その記憶を言葉でうまく説明することはできないようです。

アリアンス・フランセアリアンス・フランセ

40年ほど前のことであるが・・・・
パリのアリアンス・フランセで、いち時期集中的にフランス語に取り組んだことがあるのです。
まさに子供が母の話を聞くように、フランス語の聞き取りに励んだ結果、今でも、映画のなかのフランス語の一部が無意識に理解できたりするが・・・・これは体が覚えているとでもいうんでしょう。

一方、学校で10年ちかく学んだ英語であるが・・・・
英文法をことばで説明できたりするほどであり、これは宣言的記憶そのものである。
ただ、学習させられたという気持ちが強くて、「体が覚えている」状態までには到達しなかったようですね(笑)

また、日本人が日本語の文法をうまく説明できないのは、「手続き記憶」のためかと納得したりする。

記憶について、wikipediaを引用します。

wikipedia手続き記憶より
 手続き記憶は簡単には言葉で説明できないことが多く、意識しなくとも使うことができる。いわゆる「体が覚えている」状態である。手続き記憶は、時間をかけて学習した刺激応答などのパターンを反映することができる。一方、宣言的記憶は言葉にするのが容易である。手続き学習の例として、自転車の乗り方の練習、タイピングの練習、楽器の練習、水泳の練習がある。手続き記憶は永続性がある場合もある。

 脳に特定の障害を負った人々を研究した結果、手続き記憶とエピソード記憶は脳の中の異なった部位を使用しており、独立して機能していることが示唆された。例えばある患者は、作業の訓練を受けると過去の訓練内容は覚えているが、作業を改善することができない。他の患者に同じ訓練を施すと、訓練内容を思い出せないのだが、作業をさせると改善されている(手続き記憶は機能しているが、宣言的記憶が損傷している)。



wikipedia宣言的記憶より
 宣言的記憶は意識的に議論したり、宣言(言明)したりすることができる。このため陳述記憶とも呼ぶ。

 教科書を使った学習や知識は宣言的記憶として保持され、心の眼(mind's eye)で再体験できる。対照的に手続き記憶は技能を扱う。宣言的記憶は忘れることがあるが、頻繁にアクセスされる記憶はそれだけ長持ちする。宣言的記憶をよく保持するには、記憶術や反復練習の一種である active recall(積極的に思い出すこと)を利用することがよいとされる。


宣言的記憶をよく保持するには、記憶術や反復練習が有効とされるので、暇な老人は外国語に最チャレンジする機会が有り余るほど恵まれているわけですが・・・
(あとは、やる気にかかっているだけですね)

仕事柄、仕方なしに下手な英語で海外業務に従事してきた大使であるが・・・・
リタイアしたあとは、英語習得のやる気が、さっぱり起きないのです(笑)
ただ、何の経済的メリットのないフランス語については、再チャレンジを目論んでおります。
(単なるへそ曲がりなのかも?)

イルドフランス パリ アリアンス フランセーズにようこそ


<なぜ日本人は日本語が話せるのか>
たまたま図書館で「なぜ日本人は日本語が話せるのか」という本を借りたのだが・・・
雑誌の『言語』、『英語教育』などに発表した堅い話をエッセイに仕立てた20話ということで、言語学という狭い領域からはみ出た面白さがあり、ええでぇ♪

先ず、まえがきから・・・

<まえがき>piv~v
 本書のタイトル「なぜ日本人は日本語が話せるのか」という問いかけへの答えが、一見易しそうに思えながら実は難しいことに象徴されるとおり、言語ほど謎に満ちた不可思議な存在はないのである。数ある動物の中で、どうしてヒトだけが言語を持っているのか?ヒトはいつから言語を使い始めたのか?人間から言語を取り上げてしまったら何が残るのか?母語は何の努力もなしに身に付いてしまうのに、外国語学習にはどうして苦労がつきまとうのか?
 言語を用いて伝達をするという行為は、ともすれば、話し手が持つ情報をそのまま聞き手の頭の中に移し替えることのように思われがちだ。だがそれは間違っている。話し手は伝えたいことのすべてを言語で表すことはしないし、そもそも言語は驚嘆に値する効率性を持ってはいるものの、話し手の言いたいことのすべてをもれなく表現する力を持っていないのだ。それにもかかわらず多くの場合伝達は支障なく行われる。なぜか?聞き手が、積極的に推論を行い、話し手が使った言語形式に大幅な「補い」を付けていくからだ。ではその推論とはどういった種類のものか?

(中略)
 言語は「人間の知」の中心にある。言語という、多くの謎を含み、そしてそれゆえ興味と驚異に満ち満ちた対象を研究する楽しさ、面白さを味わってほしいという気持ちから生まれたのがこの、いわば「ことば学的随筆集」である。20の「話」からできているが、どの話からでもいい、気楽に読んでいただきたい。


お隣のアイヌ語、朝鮮語、琉球語との関係について興味深い説明があります。

<日本語に親戚はいるか>p60~62
お隣の中国が出てきたところで表題の「日本語に親戚はいるか」を考えてみよう。日本語は、それを母語として使う人口でいうと世界第6位の大言語である。ただ、現在の1億2千万人の人口は数年後には減少傾向を見せ始めると予想されている。南米では、ブラジルの80万人を筆頭にかなりの数の日系人がいるし、アメリカ合衆国でもハワイ州の18万人を初め日系人は少なくない。しかしこの人々のうち日本声を母語とする人の数は年々少なくなっているはずである。彼らがそれぞれブラジル人・アメリカ人であるからには、おのおのポルトガル語・英語を母語としていくのは当然の成り行きである。つまり日本語というのは、中国語のように中国本土と台湾という範囲を超えて世界のかなりの個所で通用する言語とは違うし、いわんや英語のように、イギリスだけでなくその旧植民地の合衆国、カナダ、ニュージーランド、オーストラリア等々を合わせた広大な地域での支配的地位を持つ言語ではないのである。
 ここで読者にクイズ。日本国以外で日本語を公用語としている国、ないし地域はあるか?あるとすればそれはどこか?第1次世界大戦の結果、日本が国際連盟から委任統治権を与えられたミクロネシア諸島のうち、パラオ諸島が独立してパラオ共和国となった。国旗は青地に黄色い丸。日の丸が基になっているが、青地は南太平洋、黄色い丸は満月を表している。2001年2月までの大統領はナカムラという姓だった。

 本題に戻って、日本語に親戚はいるのだろうか?結論から言うと「いるのだろうが、同定はできない」である。前に上げたツングース語との親族関係が古くから取り上げられ、研究が行われたが、決定打は出ていない。アイヌ語とは、接触が深かったからお互いに借用を行ってはいるが、親戚関係はどうやらなさそうだ。マラヨ・ポリネシア語族語との親族関係を示唆する研究もあれば、シナ・チベット諸語の下位分類であるチベット・ミャンマー語群との関連を唱える人々もある。朝鮮半島の韓国/朝鮮語はむろん重要な候補であり、事実日本語との類似点も少なくないのだが、やはり同族であると結論付けるには証拠が不十分である。なお、ほんの百数十年前までは日本語にも親戚がいた、という言い方もできないではない。独立国だった琉球王国の言語、琉球語がそれである。琉球語と日本と他の地方の日本語が、かなり古い昔に同一の先祖から枝分かれしたことは疑いの余地のないところだ。だから言語学的には両者は同一の言語なのだが、前に述べたように政治的国境線を持ち出すなら、琉球王国が日本国沖縄県になるまでは琉球語・日本語という、姉妹ながら別々の言語があり、その後は琉球語が日本語の方言の一つとなった、ということになる。
 親戚が見つからないということは、別に日本語が特殊な言語であることを意味するのではない。日本語と、たとえば韓国/朝鮮語が従姉妹やまた従姉妹の関係だったとしても、それぞれの伯母さんやお祖母さん、曾お祖母さん等々に相当する言語が滅びてしまってかつその痕跡が残っていない、ということに起因するものと考えられる。不明なことであればあるほど一層研究心を燃やすのが人間だから、今後とも日本語の「親戚探し」は続くはずである。ただ、言語学的資料と手法だけでは限界がある。「そもそも人間の言語はいつ、どのように始まったのか」を究めようとする場合と同じように、考古学・遺伝学・等々
々、多くの分野との学際的な研究を必用とする。


ピジンとクレオールの違いに関して、明解な説明がありました。

<No can play polo today!>p156~158
 お互いに異なった言語を話す人々が、交易などの必要から接触しなければならないとき、何らかの言語をベースに一種の新言語を作り出す。これがピジン(pidgin)である。ベースになるのはその地域で権力を持っている人々のそれなので、近世のアジア、太平洋地域、アメリカ大陸、カリブ海諸島などでは英語、フランス語、ポルトガル語をベースにしたピジンができた。ピジンの特徴の一つは「簡素化」である。英語がベースの場合、3人称単数現在だから動詞のあとにsを付けるとか、過去の話だから過去形を使うとか、複数のブタの話だからpigにsを付けてpigsにするなどという面倒なことをしていたら商売が成り立たなくなる。主語でも何でもme一本で通してしまうこともある。be動詞を使い分けていたのでは日が暮れてしまうし、使わなくても話は通ずるのだから省いてしまう。その結果「ミー・ハングリー」などという言い方が生ずる。
 ピジン使用者の子や孫がピジンを受け継ぐと、それはその人たちにとって母語となるわけで、そうした言語をクレオール(creole)と呼ぶ。パプア・ニューギニアではトク・ピシンというクレオールが公用語の一つになっている。トク・ピシンには「簡素化」の一つとして、次に見えるように、英語のhandから来たhanをいろいろ拡大して使っている。なおbilongというのは英語のbelongから来た語で「~の」、つまりofの意味を持っている。
 han bilong diwai(木の手→枝)
 han bilong pik (ブタの手→ブタの前足)
 han bilong pisin(鳥の手→翼)
 han bilong wara (水の手→支流)

 ハワイ・ピジンは、サトウキビ畑などでの作業を共にしたハワイ人・日本人・中国人・フィリピン人労働者たちの間から生まれた。プランテーションの持ち主、つまり支配者はイギリス人・アメリカ人であったからベースになったのは英語である。ピジンが誕生してからはもう何世代か経っている。その意味でハワイ英語はピジンというよりクレオールに近いのだが、かといって合衆国の一部であるハワイの英語は標準英語にも大きく影響されつつあるので、純粋のクレオールともいえない。ともあれここでは現地での一般の用法に従ってピジンという呼び名を使うことにする。


ここで、著者の粋な提言を紹介します。

<日本の笑いと英米の笑い>p209~210
 家内がオアフ島の北海岸で暴走する馬から勇敢にも飛び降りて数分間ながら人事不省になったことがある。ジーニーは娘の不安を鎮めようとしてか、しきりに話しかけた。娘が母親の指輪その他の装身具を身につけていたのに気づくと、ジーニーは「似合うわとても。でもすぐにお母さんに返さなくちゃならないわね」と言った。思わず後につけて、「女房が死なない限りはね(if she's gonna live)」と続けてしまったら、Oh,Kuni!とジーニーは叫んだが、別に冷酷無情な夫だと思った様子もない。事実この時点では1日も休養すれば回復するというところまで医師から聞かされていたせいもあったが。

 このように見てくると、結局最も根本的な差は、笑いというものを持ち込んでよい状況が、英米では日本よりもずっと広いということであると思えてくる。講演や挨拶で、開始から1分以内に聴衆を笑わせることができない人は上手な話し手ではないと英米では見られるようだが、日本では必ずしもそうではない。前にあげた笑いの例も、日本での日本語による談話であったなら「場所柄をわきまえない」・「不謹慎な」発話ということになりそうな気がする。ひところはやった大衆団交で経営側や大学側が冗談などを言おうものなら、たちまち「不真面目だ」・「誠意がない」という非難を招いた。第2次大戦中、日本では落語・漫才等が「時局に合わぬ」ものとして自粛を余儀なくされたのに対し、イギリスではTommy Handleyという喜劇役者のお笑いラジオ番組が大ヒットし、戦意高揚に大きく貢献したという。武士が白い歯を見せるのは生涯に二度までである、という物の見方が明治政府によって増幅され、それが今日まで継承されて日本での笑いを圧迫している、という分析が当っているかどうかはともかく、わが国の笑いの使用域が狭いものとなっているのは事実だ。
 笑いの「処遇」に関する日・英米の二つの型のうち、どちらが優れているかを論ずるのはあまり意味がなかろうが、個人的なことを言えば、筆者には英米型の方が好ましい。筆者の先祖は御家人だったらしいが、あまり立派な武士ではなかったのだろう。



【なぜ日本人は日本語が話せるのか】
日本語

今井邦彦著、大修館書店、2004年刊

<「BOOK」データベースより>
「フランケンシュタインが本当に手に入れたかったものは人並みの容姿などではなく、まさしく人間のことばだった。彼は人間としてことばを交わしたかったのだ」。多才な言語学者が綴った謎と驚きに満ちた“言語ワールド”。

<大使寸評>
言語障害と脳の関係、言語の起源、普遍文法、日本語は美しいか、ジョークはなぜ面白いか等・・・なかなか哲学的な本である。

Amazonなぜ日本人は日本語が話せるのか

wikipediaクレオール言語



<『日本語は生きのびるか―米中日の文化史的三角関係』>
先入観を排して図書館や本屋で本を探すのもいいだろう。
それから、書評サイトをさまようのもいい方法ですね。
晴走雨読でわりに暇な大使であるが・・・・

朝日の書評アーカイブに『日本語は生きのびるか―米中日の文化史的三角関係』という書評があることに気づいたのです♪


日本語は生きのびるか―米中日の文化史的三角関係より
日本語は

(文字数制限により省略)
     ◇

平川祐弘著、河出ブックス、2010年刊
<「BOOK」データベースより>
ときに言語は亡びる。日本語の興亡は、日本の運命に直結する。文化史的に見て、かつての中国、今日の米国のような中心国に対し、日本は周辺国である。これまで日本人は、優れた外来文化は積極的に受容しつつ、自らの主体性は維持してきた。グローバル化が加速する現在、母語である日本語とともに、支配語である英語をいかに習得すべきか。そして世界といかに対峙すべきか。国際文化史を背景に考察する、画期的な日本語論。

<読む前の大使寸評>
水村美苗著『日本語が亡びるとき』もかなりセンセーショナルな題名であったが、この本の題名もそれに匹敵するほどセンセーショナルであり・・・・
大使のナショナリズムがうずくのです(笑)

Amazon日本語は生きのびるか

この書評サイトの関連記事がお奨めです。

<この記事に関する関連記事>
・英語教育はなぜ間違うのか [著]山田雄一郎
・日本語が亡びるとき-英語の世紀の中で [著]水村美苗
・中国外交の新思考 王逸舟著 責任ある「大国」への道筋を提言
・我的日本語 [著]リービ英雄 
・漢字を飼い慣らす-日本語の文字の成立史 [著]犬飼隆
・日本人にとって英語とは何か-異文化理解のあり方を問う [著]大谷泰照 
・メインストリーム 文化とメディアの世界戦争 [著]フレデリック・マルテル
・大国政治の悲劇―米中は必ず衝突する! [著]ジョン・ミアシャイマー
・聖書の日本語―翻訳の歴史 [著]鈴木範久

また、英語を極力使いたくない人には敵性米語についてがお奨めです。

言語関連の本byドングリ


<「カラカラ」を観た>
今日も英語ネタのお話になるのですが・・・
先日、封切り日にあわせて「カラカラ」を観たのです。
モントリオール世界映画祭ダブル受賞という宣伝にも惹かれたが・・・
主役の工藤夕貴の英語がうまいそうで、その英語がどの程度のものかという興味もあったわけです。
結果、まったく言語が絡んだような映画であり、いたく大使好みの映画であった。


工藤夕貴が「まるで(英語が)母国語のように話せたのは、今回が初めて。自由で守られた現場の雰囲気のおかげ」と振り返ったそうです。
さすがに、日本人俳優でもっとも上手に英語をしゃべるといわれる工藤夕貴である。
(生活のためかもしれないが、英語にかけた役者根性、ガッツに拍手!)

フランス語の歌を歌うピエールの長回しにどれだけの思いがこめられているか?
それはケベックに住むカナダ人にしかわからない感情かもしれない。

母語と異なる日常語をクレオール語(またはピジン語)というそうだが、主役の二人ともクレオール言語を介して会話するような映画なんですね。
カナダ人のピエールと日本人の工藤をつなぐ言語が英語という関係は、韓国で韓国人相手の仕事を英語でこなしてきた大使とかぶるわけですね。もちろん英語のレベルは格段の差があったけど(笑)

わりと地味な映画だと思ったが、満員ではないにしろ客席は6割ほど埋まっていたが、沖縄に絡んだ観客だと思うのです。

この映画は沖縄の自然、歴史を愛してやまないカナダ人監督の作品なのです。
泡盛を入れるおちょうしをカラカラと呼ぶそうだが、カラカラや芭蕉布作り、珊瑚礁の海辺などが見られるように、沖縄に対する思い入れが伝わってきます。


【カラカラ】
カラカラ

クロード・ガニオン監督、2012年日本=カナダ制作

<goo映画解説>より
気功の合宿クラスで沖縄に滞在中の元大学教授ピエールは、最後の1週間を島でのんびり過ごそうと考えていた。そんな時、本島から移住してきている主婦の純子と、沖縄の友人明美に出会い意気投合する。それきりの縁に思えたが翌日、夫と大喧嘩をした純子がピエールに会いに来た事から二人は急接近する。夫の暴力に悩まされていた純子は家出を決意、ピエールの旅に一緒についていくと言い出すが…。

<大使寸評>
『ヒマラヤ杉に降る雪』はまだ観ていないが・・・
工藤夕貴がしゃべる英語がどの程度のものかという興味もあって観たわけです。
演技としては、『サユリ』のおカボ役がはまり役だったと思うけど・・・
やや歳を重ねた、おばちゃん役の工藤夕貴も、ま~ま~でんな♪

goo映画カラカラ

最後のエンドロールに流れる沖縄の歌がいいのだが・・・・
聞いても分からない方言としては津軽弁が知られているが、この歌の歌詞はそれ以上であり、みごとなまでに意味不明でした(笑)
とにかく、封切り初日に観たというところに、大使の入れ込み度合いが表れていますね。
カラカラ公式サイトから一部を紹介します。

カラカラ公式サイトより

モントリオール世界映画祭ダブル受賞!
世界が認めた、“心満たす”ロードムービーの誕生
モントリオール世界映画祭で、世界に開かれた視点賞・観客賞を見事ダブル受賞した本作は、人生の折り返し地点で迷う大人たちの背中を後押ししてくれる。
気づいたら、空っぽな人生。これが自分の望んでいた生き方なのだろうか?
誰もが直面する悩みを抱える主人公達は、旅に出る。舞台となるのは、沖縄本島と、本島の北に位置する伊是名、伊平屋、具志川の島々。青く透き通った海、どこまでも続く白い砂浜、生命力あふれる草木などの自然美と、カラカラや芭蕉布に象徴される土地固有の豊かな文化が、二人の乾いた心を潤していく。

工藤夕貴×ガブリエル・アルカン×クロード・ガニオン
日本とカナダの才能のコラボレーション
純子役には、『ヒマラヤ杉に降る雪』といった大作からジム・ジャームッシュ作品まで、国籍を超えて数々の作品で圧倒的な存在感を放つ工藤夕貴。ピエール役には、カナダのアカデミー賞といわれるジニー賞を二度にわたって受賞している名優ガブリエル・アルカン。世界の映画ファンを魅了してきた二人が、円熟した演技で繊細な大人の機微を見せる。
監督は、カナダと日本をベースに意欲作を発表し続ける、クロード・ガニオン。日本人女性の日常を赤裸々に捉えた伝説の『Keiko』(79)でデビューして以来、『ケニー』(87)、『KAMATAKI-窯焚-』(05)などでモントリオール世界映画祭、ベルリン国際映画祭等で数々の受賞歴に輝く。本作では沖縄に対する深い思い入れとともに、誰もが共感せずにはいられない普遍的な人間ドラマを描き、見事モントリオール映画祭でダブル受賞を果たしている。



クロード・ガニオン監督、工藤夕貴出演の「カラカラ」で問いかけた人生の意味より
僕の人生において沖縄はとても気持ちがいい土地だった。人生を楽しもうという人々の考え方やムードが大好き。よく考えたら、(出身地であるカナダの)ケベック州と一緒だと気付いたんだよ。カナダは昔フランス人の国だったけれど、イギリスに占領されたという歴史があり、ケベックには独自の言葉、考え方などの文化が残っている。沖縄も似た歴史を持っていて、現在も日本に属しているけど独自の文化を持っている。多分、そういう意味で居心地がいいんだと思ったね。




<敵性米語について>
新聞をスクラップをしていたら、朝日の「RANKING」コラムに「イライラするカタカナ語は?」というのがありました。
これは、切り取って保存しよう♪・・・・それから、ブログで広く拡散する必要もあるんじゃないか、という訳なんです。

ランキング

大使もときとして、このカタカナ語を使うことがあるが・・・・
アメリカかぶれの偉いさんから聞くカタカナ語には、イライラを通りこしてムカっとするんですね。
既に日本語に訳語が有る場合は、極力、日本語を使えよ!
訳語が無いのは、アメリカ独自の概念であるが・・・・おおむね性悪の概念であることが多いのだ。(大使の思いすごしでは?)

1位:Competency・・・・明らかに性悪である(人事評価用語とのこと)
2位:Installation
3位:Incubation
4位:Commodity・・・・今、日本が痛い目にあっている。
5位:Diversity
6位:Sustainable
7位:Consortium
8位:Alternative
9位:Stakeholder・・・・かなり性悪である。
10位:Literacy

心穏やかに暮らすには、こんなカタカナ語を使うシチュエーションには敬して、入りこまないことでしょうね(大使、イエローカードです)
コラム記事でも「リスペクトより尊敬でしょう」と書いてあったが、当然である。
10~15年前の記事で頻繁に使われたアカウンタビリティが最近は「説明責任」に駆逐されているようで・・・これなど、イラつきを解消した好例ですね♪

あの梅棹さんは、アメリカ人を「厚顔の言語帝国主義者たち」と表現していたが・・・
この人は、何というか別格である。
この記事のタイトルを「敵性米語について」としたのも、梅棹さんへの敬意があったのかも。

で、朝日デジタルの書評を再掲します。

梅棹忠夫―「知の探検家」の思想と生涯より
梅棹

(文字数制限により省略)
    ◇

山本紀夫著、中央公論新社、2012年刊

<「BOOK」データベースより>
中学時代から山や森林に分け入り、白頭山や大興安嶺を踏査した探検家、モンゴル、ヒマラヤ、アフリカにフィールドを求め、「文明の生態史観」を提唱した民族学者、厖大な情報の活用を説き「知的生産の技術」を広めた「知のアジテーター」、そして国立民族学博物館を生んだ教育者・経営者―梅棹忠夫は、どの分野においても目的に向けて周到に準備し、全力で未知の問題を追求した。開拓者として生きたその思想と生涯。

<大使寸評>
梅棹さんと言えば、国立民族学博物館を生んだ人でもあり、大使も時として万博公園内のその博物館まで足を運んでいます。
それから・・・
「通訳もつれずにやってくる、厚顔の言語帝国主義者たちには、手をやいた」とまで言う梅棹さんであるが、そのあたりのことが「実戦・世界言語紀行」に載っています。
とにかく、今ではインターネットを通じてデファクトスタンダードとなった英語であるが・・・
最近の倣岸な英語(厳密には米語)に接することがなかった梅棹さんは幸せだったかも(笑)
rakuten梅棹忠夫「知の探検家」の思想と生涯
「実戦・世界言語紀行」2byドングリ


対応する日本語が無くて、訳すと不自然な漢語になる場合は仕方がないが・・・
輸入語が悪いのではなくて、無批判に使う人が悪いんですけどね。

余談になるが・・・
中国人の書く漢字で、カラオケ(?拉OK)、コカコーラ(可口可楽)が何とも漫画チックで笑ってしまうのです。それに引き換え、外来語をカタカナ表記する日本語の自由度は素晴らしいではないか♪
漢字仮名交じり表記の日本語は、ハイブリッド表記とも言えるわけですね。



ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック