草間彌生の世界 ③

<草間彌生の世界>  
草間彌生について集めてみました。
村上隆より半世紀ほど早く、芸術家として起業し成功していたことが、凄いです♪

・草間彌生、たたかう
・まさに三つ子の魂、百まで
・草間彌生展を観に行こうかな 

世界初公開の作品がいっぱい!大阪で開催中「草間彌生展」の魅力で草間作品が見られます。



<草間彌生、たたかう>
「草間彌生、たたかう」という本がヌード写真もあったりで刺激的です(笑)
でも、やむにやまれぬ草間の心情が吐露されていて、メイキングオブ草間のような本ではないだろうか♪


【草間彌生、たたかう 】
草間
ワタリウム美術館編 、ACCESS、2011年刊

<「BOOK」データベース>より
‘60年代のニューヨーク、世界で最も刺激的で熱気溢れるアートの中心地で、草間彌生はいかに闘ったのか。1957年に単身渡米し、アートシーンの最前線で前衛芸術家として時代を切り拓いた草間彌生。貧困や差別、自らが抱える精神の疾患、あらゆる困難を創作活動に打ち込むことによって克服し続けた―その魂を揺さぶる人生の軌跡を、本人の発言と当時の写真で綴る。

<大使寸評>
功成りて、最近は個展でも多くの観客を集める草間彌生であるが・・・
この本は、彼女の内面を吐露したような本です。

畏れ多くも草間の美を一言で言い表せば・・・・
「狂ったような水玉模様、狂ったような網目模様、狂ったような反復模様」というところか。
実際、彼女はすこし狂っていて、終世、強迫観念に駆られているのです。(彼女自身が言うように精神病院の常連だったようです)
しかし、この強迫観念のような確固たる拘りが彼女の真骨頂なのである。

若き日の彼女は止むに止まない自分の独創性は、説明抜きで世界で通用することを信じていたようだが・・・・
その過信にも似た勢いで、ほぼアポイントなしでアメリカに渡航してしまうんですね。
すごい!世界の評価はさておいて、その心意気はまさに「芸術家の魂」である。


Amazon草間彌生、たたかう



<1975年頃のアーカイブより>p11~17
 私の少女時代は、ことに戦争中だったせいもあって、いろいろと夢をもっていても、その何分の一もかなうことなく、暗くとざされた毎日であった。ことに私は人一倍さまざまな将来への希望や抱負を一杯もっていて、もてあますほどであった。
 そんなとき、いつも、はげしく私の心をとらえたものは、青々とはてしなくひろがっているパシフィック・オーシャンであり、アトランティック・オーシャン、そして熱砂の広大な沙漠、みたこともない異国の山脈にさく不思議な植物や、無限の神秘をかきたてる、宇宙の星のことや、その空の下のさまざまの国にすむ同じ心をもつ人々にたいしての不思議な予感であった。

 その後、成長して画をかくようになってから、私は自分の作品をとおして、多くの人々、ことに、海外の人々と、心の交流がかならずや可能であるということが信じられた。自分の作品を観てもらう機会が、共鳴や、興味をもたれることが、いつかはくるにちがいないと心にきめきっていたのである。

 はじめて乗ったアメリカ行きの飛行機が、私のほかは、米軍のGIが二人と戦争花嫁が一人乗っているだけで、あとはガラガラだったことを印象深く今も憶えている。
 勿論、今みたいに気軽に外国へ行ける時代ではなかった。さまざまな障害が待ち受けていて、そのためにどれほどの苦闘を強いられたか。家族の反対もその一つで、母親を説得するのに八年もかかった。



<水玉による自己消滅>p139
 作って、作って、作りつづけて、その表現の中に埋没していく。それが私のいうオブリタレイト、つまり「消滅」ということなのである。
 たとえば、身体じゅうに水玉をつける。それから、バックもすべて水玉模様にしてしまう。それがセルフ・オブスタレーション(自己消滅)。あるいは、馬に水玉をいっぱいつけて、バックも水玉にすると、馬のファルムが消えて水玉と同化してしまう。馬の魂が永遠なものに同化していく。そうすると、私自身もオブリタレイトする。
 この場合、地になる網目とそこに描かれる水玉の二つの関係というのは、水玉がポジで網目がネガということになる。ファルス状のソフト・スカルプチュアの場合は、出っ張っている部分がポジで、ファルスとファルスの間の空間がネガということになる。このポジとネガが一つになって、私の表現となる。そしてその時、私はオブリタレイトしていくことになる。



<和楽2003年8月号より>p233
 17年間に及んだニューヨークの生活では。極めて忙しい毎日でした。昼間はもちろん絵を描くから忙しい。時代の先端を行かなければならないから、だれもやっていないことをだれよりも早くやるわけです。結局、インスタレーションや環境彫刻、それからハプニングの先駆者になったのは私でした。芸術家同士のアイディアの盗み合いもすさまじい中、ファッション・デザインをしてブティックも持ったり週間新聞も出しました。そして、夜は夜で絵を買ってくれた方のパーティに呼ばれたり、いろんな人に会わなければいけないわけです。
 しかもハプニングのときは1時間おきに1日に何十人というマスコミの人に会わなければいけなかったのです。大変だから椅子を並べて共同記者会見をやったほど。会見をすると、結局、私の発言は三日でノルウェーやスウェーデン、そして田舎で家族たちが平和に暮らしているところへニュースとして流れていくのです。それをプレスハプニングと言うのですが、報道によって私のメッセージは広く世界に伝わり、瞬間だけに終わらず、反響が長く残ることになる。その現象もとても面白いものでした。




<まさに三つ子の魂、百まで>
大阪の草間彌生展に行ってきました。
「え?1400円、老人割引きはないの?」
思わず「国立施設は遅れてるで」と口ごもる大使であったが(口に出していませんが)・・・・
展示内容は、おもいのほか充実していた♪

草間4

草間5

草間彌生といえば、岡本太郎にも見られるあの射るような眼差しが印象的ですね。
この表情をトレードマークにしているふしがあるが、これを選んだのは、本人なのか、取り巻きなのか、どちらでしょうね(どうでもいいけど)

10代頃に描いた母の顔に既に水玉模様が現れているが・・・・・
以来70年をかけて水玉模様を描いてきた、この執念のような拘りが彼女の真骨頂なんでしょうね。

館内で映像紹介をエンドレスに放映しているのだが・・・・
60年代頃は、ニューヨークでヒッピー供をひきつれてパフォーマンスに明け暮れていたようです。
近況では、次から次へと描いた絵を並べてみて、自分でもすごくいいと驚いていた。

また、「描いていないと自殺しそうであった」とも述懐していたが・・・・
これこそ、病むに病まれない拘りというか、芸術家の拘りなんでしょうね。
まさに「三つ子の魂、百まで」の典型例のような草間さん・・・頑張ってください♪

ちなみに、ややミーハーかとためらったが、買い求めたグッズです。
草間6




<草間彌生展を観に行こうかな>
世界初公開の作品がいっぱい!大阪で開催中「草間彌生展」の魅力によると4/8まで開催中とのこと、大阪だったら観に行こうかな。

草間1かぼちゃ

今では、世界の現代芸術を牽引し続ける前衛芸術家といえる草間彌生であるが・・・・
草間彌生公式サイトの草間彌生Biographyを見れば、ニューヨークでの不遇な時代があったようです

草間2

現代芸術といえば、ポロックの絵のどこがいいのかわからないように、とかくシロウト泣かせの面があるようだが・・・・
草間の絵、造形には確固たる様式美があり、今頃になって大使も認めるのである。
草間はやや老成のアーティストであるが、信じた道を我行かんという意志がスゴーイ♪と思うのです。
(ただし、実力が伴わないと、独りよがりに終わるのがコワーイのでしょうね)

ポロックポロックの絵
この絵のどこがいいんだろう(笑)



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