NHKスペシャル「中国文明の謎」2

NHKスペシャル「中国文明の謎」シリーズの続きです。
3回シリーズのうち、今回は「漢字」がテーマであり興味深いが・・・・
臍が曲がった大使はどうしても「奢る中華も久しからず」という見方になるのです(笑)・・・・
先ず番組HPを覗いてみましょう。


中国文明の謎:第2集より
甲骨甲骨文字

 紀元前1600年頃、「夏」を倒して新しい王朝を建てたのが「殷(商)」である。
「殷」は漢字の原点である甲骨文字を生み出すなど高度な文化を持ち、強力な軍事力で周辺の部族を圧倒した。
 だが、その「殷」は、「牧野の戦い」と呼ばれる天下分け目の決戦で、「周」にあっけなく敗れ去る。勝敗を分けたのは何か?二つの王朝の差は何か?そこに「漢字の力」があった。


この番組を見ながらツイッターでメモしたのです。
(ビデオ録画すればいいのだが、ビデオ付きテレビは嫁さんがほぼ独占しているので、ツイッターでメモするしかないのです)

1:21時からNHKスペシャル「中国文明の謎」第2集がはじまるでぇ・・・・ 奢る中華も久しからずということか。(コレ コレ)

2:夏から殷への王朝交代を示す遺跡が2010年に発掘された。 約100年前にも殷墟で6万以上の甲骨、5000の青銅器が発掘されたが・・・ 甲骨に書かれた甲骨文字は現代でも解読できる文字であったことが、すごーい♪

3:甲骨で吉凶を占う場に王も立ち会った。 頭を切り落とした人骨は生贄であったが、最初の漢字はこのような特殊な環境でうまれた。
生贄とされたのは、歯のサンプル調査でキョウという部族であることがほぼ立証されたようです。
 殷墟以外でも甲骨が発見されたが、なぜ甲骨が流出したのか?

4:漢字が殷から周に流出したが、言葉が違う周で漢字が使われたのは表意文字であったからである。
まもなく、周は殷を倒す準備を進める。 3000年前の決戦が始まるが、周軍には八つの部族が参加していた。

5:70万人の殷軍は1日の戦闘で敗走したが・・・・ 柳家村で漢字が書かれた青銅器が発掘されたが、漢字の内容は他部族との契約であった。
周が他部族に出兵要求の漢字を書いた青銅器を送り合同軍を作ったことが、勝因となったようです。
つまり、当時すでに、漢字文化圏が形成されていたのである。

6:時は過ぎて満州族による清朝が興ったが・・・ 満州文字(表音文字)の普及を図ったが頓挫したので、表意文字の漢字を使わざるを得なかった。
posted at 21:51:12-2012.11.11

人類史上初めて、書き言葉としての漢字が契約に使用された♪
言語学的に見ると、目をみはるような事実に高揚するのである(サヨカ)

殷の時代に漢字文化圏が成立していたようだが・・・・このあたりが漢族が中華4000年の歴史と豪語する由縁なんでしょうね(笑)
現代の奢る漢族には腹に据えかねる大使ではあるが、こと漢字に関してはすごいと言わざるを得ないのです。

漢字のベクトルより甲骨文字のあたりを紹介します。

<象形文字の成立>p28~31
象形文字象形文字
 
 漢字には象形文字として作られたことを如実に示す字形が多くあって、特に甲骨文字の字形を見るとそのありさまがよくわかる。図版は甲骨文字に見える代表的な象形文字を表にしたものだが、まず動物ではいずれもその特徴が実にうまく絵画的に表現されている。
 このように象形の方法で作られた文字は動物の他にもたくさんあって、例えば「日」は太陽を、「月」は空に浮かぶ半月を形どったものだし、「木」は樹木が立って枝を張っているさまを、「門」は扉が閉じられているさまを、「車」は古代の戦車の形を、「歯」は大きく開けられた口から歯が見えているさまを、それぞれ形どったものである。

<最古の漢字>p61~62
 中国でいつごろから漢字が使われ始めたのか、正確なことはまだわかっていないが、現存するもっとも古い漢字は、第一章にもとりあげた殷の「甲骨文字」であり、それが使われていたのはだいたい前1300年から前1000年くらいにかけてであった。
 殷は古代国家の例にもれず神聖政治がおこなわれていた時代であり、その年の農作物の収穫や、戦争などの国家にとって非常に重要な事柄から、病気や出産など王の一族の身辺にかかわること、はては今夜雨が降るだろうかといった瑣末な事柄まで、ありとあらゆることに関して神意を問う占いがおこなわれた。この占いで得られた宣託や、その結果として起こった事象などを、占いに使った亀の甲羅や牛の骨などに鋭いナイフで刻みつけた。その時に使われた文字を「甲骨文字」といい、またほとんどが占いの内容を記したものであることから、その文章を「ト辞(ぼくじ)」と呼ぶ。
 
 甲骨文字は20世紀の初頭に突然世の中に存在が知られたもので、それまではそのような文字があったことすら伝えられていなかった。だから甲骨文字はまったく突然に世の中に登場したといえるのだが、しかしそれまでの中国では、殷や周の時代に作られた青銅器の銘文の研究を通じて、古代文字研究の分野に相当多量の蓄積があったから、発見の当初から甲骨文字はある程度は解読が可能だった。また甲骨はその後もたえまなく出土し続けたから、研究を進めるのに必要な量も十分に確保された。
 今世紀の中国における考古学の成果にはまことにめざましいものがあり、特に中華民国の歴史言語研究所が、1928年から37年までの10年間に、計15回にわたって取り組んだ河南省安陽市郊外の殷墟の発掘によって、大量の甲骨と、殷王のものと思われる大墓などが発見され、その研究を通じて、それまでは神秘と伝説のかなたにかすんでいた殷代の歴史が次々と明らかにされた。


NHKスペシャル「中国文明の謎」1

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