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zoom RSS 『BD 第九の芸術』3

<<   作成日時 : 2018/07/11 22:14   >>

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<『BD 第九の芸術』3>
図書館で『再読に 第九の芸術』という本を手にしたのです。
この本は借りた覚えがあるので確信的な再読になるのだが…
再読に堪えるというか、ま いいか♪ということで借りたのです。
(帰って調べてみたら、4年前の5月に借りていました)
大使の場合、BD(フランス漫画)といえばメビウスであり、つまるところメビウス再読になるのですが。


【BD 第九の芸術】
BD

古永真一著、未知谷、2010年刊

<「BOOK」データベース>より
コマの否定、吹き出しのみの構成、メタレベルのストーリー、ダンスとのコラボレーション…ほとんど分類不能、クールジャパンの対極のアヴァンギャルド―古くはバタイユがBDのアーナキーさに注目し、70年代に前衛集団「バズーカ」、90年代に前衛漫画集団「ウバポ」、大御所メビウス、ポードワンなどを紹介しながら、第九の芸術と言われるBDの歴史的背景と表現媒体の可能性を見る、待望のBDアヴァンギャルド論。

<読む前の大使寸評>
図書館で『再読に 第九の芸術』という本を手にしたのです。
この本は借りた覚えがあるので確信的な再読になるのだが…
再読に堪えるというか、ま いいか♪ということで借りたのです。

大使の場合、BD(フランス漫画)といえばメビウスであり、つまるところメビウス再読になるのですが。

AmazonBD 第九の芸術

メビウス1アルザック

メビウスとジャズの親和性を、見てみましょう。
p145〜149
■SFブーム 
 1970年代フランスにおけるSFブームも『メタル・ユルラン』の創刊を後押しした。仏訳はあっても埋もれていたフィリップ・K・ディックらの小説が手軽に読めるようになった。ハリウッド映画など今でもそうだが、東西冷戦の構図に支配されていた当時は、SF的な想像力が現代社会の解読に有効だった。SFは単なるファンタジーや幻想文学ではなく政治や社会や科学をどう描くかという問題と密接に結びついており、そうした前提が作家と読者の間で共有されていた。

 マンガ研究者エヴァリスト・ブランシェは『メタル・ユルラン』の時代を振り返った文章のなかで、「イデオロギー闘争の激しい時代では、社会の行く末を問いかける文学、これまで知られてこなかった組織や職務の様態を描く文学が人々の関心を集める。アメリカ軍のベトナム駐留を支持するヒロイック・ファンタジーやスペース・オペラを書く作家らの動議に対して、ベトナム戦争を糾弾するために82名のアメリカのSF作家がマニフェストを書いたのは偶然ではない」と記している。

 逆に言うと「政治と文学」という堅苦しい束縛がSF作家にのしかかってきたとも言える。 科学や政治をテーマとするSF小説は次第に難解になって読者層が狭まっていったが、BDは自由な想像力を発揮するフィールドとしてSFを大いに活用した『メタル・ユルラン』には、一枚絵のイラストのインパクトを売りにしながら、幻想的な世界を大胆なコマ割りで描く作品が掲載されている。

 青を背景に荒れ地で咆哮する怪物が描かれた第一号の表紙はメビウスの手によるもので、アメリカのイラストレーター・マックスフィールド・パリッシュの描いた崖の上の裸婦のモティーフを参考にしている。メビウスやドリュイエだけでなく、リチャード・コーベンのようなアメリカの実力ある漫画家の協力を得ていたことも大きい。

 
■『アルザック』―フリージャズのテンションで 
 ジャン・ジロー名義で描くウェスタン・シリーズ「ブルーベリー」では、メビウスの師匠でもあった「ジジェ」ことジョゼフ・ジランの教えをまっとうし、骨太の荒くれ者の世界にふさわしい力強い描線が印象的である。鉛筆で念入りに下描きをしてからしなやかに筆を走らせ、造形美溢れる絵が描かれる。いわば古典的な構成に基づくジャズ演奏に徹した絵だ。

 ジャン=ポール・ベルモンドをモデルにした、あくの強い顔つきの主人公ブルーベリーの物語も重要な作品ではあるが、ここで注目したいのは「ブルーベリー」ではなくメビウス名義の一風変わった初期のSF作品である。時にはドラッグや幻覚キノコを使ってトランス状態に入ったときに即興で描き散らすこともあった作品には、時代の狂気や熱気が刻印されているだけでなく、ジジェから「マンガ界のランボー」と評され、いまや神話と化したメビウスの個性が顕著に表れている。

 時にメビウスはトランス状態のなかで錯乱した世界を描いた。代表作『アルザック』の序文でメビウスは以下のように述べている。

『アルザック』を描いたとき、モデルになったのはフリージャズだった。つまり、あるテーマを提示し、そこから一挙にほとんど忘我というべき状態、既成のものかえあはずれたもの、マチエールや理性を越えたものへと突入するのである。この段階では、錯乱状態にあると言っていいが、病気に結びつくようなパセティックな錯乱ではない。抑圧された真理を証立てるものとして私たちのなかに潜在的に存在する錯乱が問題となる。


『BD 第九の芸術』2:第1章 BDと「マンガ」p7〜9 
『BD 第九の芸術』1:大御所メビウスp124〜126、フランス初、アメリカ進出マンガ誌p140〜141、アルザックp150〜152、物語表現p228〜230

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