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zoom RSS 『アメリカ 暴力の世紀』4

<<   作成日時 : 2018/07/11 18:10   >>

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<『アメリカ 暴力の世紀』4>
図書館に借出し予約していた『アメリカ 暴力の世紀』という本を、およそ半年待ってゲットしたのです。
ジョン・ダワーといえば、日本通の学者として著名であるが・・・
トランプ時代を危惧する日本語版オリジナルの序文とやらが、興味深いのです。


【アメリカ 暴力の世紀】
暴力
ジョン・W.ダワー著、岩波書店、2017年刊

<「BOOK」データベース>より
第二次大戦および冷戦の覇者、アメリカ。そのアメリカは、どのような経緯で現在の世界の、そして自国の混沌を生み出してしまったのか。大ベストセラー『敗北を抱きしめて』の著者があらたに取り組む、アメリカの暴力の歴史。軍事をめぐる歴史と、テロなどの不安定の連鎖拡大の現状について、簡潔に、かつ深く洞察した。特別の書下ろしとして、トランプ時代を危惧する日本語版オリジナルの序文を付す。

<読む前の大使寸評>
ジョン・ダワーといえば、日本通の学者として著名であるが・・・
トランプ時代を危惧する日本語版オリジナルの序文とやらが、興味深いのです。

<図書館予約:(1/15予約、7/04受取予定)>

rakutenアメリカ 暴力の世紀


核抑止力とか核の脅威(続き)を、見てみましょう。
NPT条約と北朝鮮の関係あたりです。
p37〜40
第3章 冷戦期における核の脅威 
 1964年の中国の核実験成功によって、「核兵器保有国クラブ」は5ヶ国となった。それから4年後、「核兵器不拡散条約」という国際条約への署名が開始され、1970年から効力を発した。俗に「NPT(核不拡散条約)」と呼ばれるこの条約には、いくつかの特徴が見られる。核保有5ヶ国による核兵器独占を固定化することを目指す一方で、その他の国々には核兵器を開発したり取得したりしない誓訳を求めた。同時に、核技術の平和利用を促進し、その面では核保有国が非保有国を援助するという条約内容である。

 NPT条約の前文ならびに第6条では、究極的な「核軍縮」をめざして誠実に努力することへの義務と「厳重かつ効果的な国際管理の下における全面的かつ完全な軍備縮小に関する条約」への義務が謳われている。

 NPT条約は、米ソ核兵器競争を終らせることもなかったし、非保有国が核兵器を保有することを防ぐこともなかった。21世紀までに、当初の核保有5ヶ国にイスラエル、パキスタンとインド、さらに北朝鮮が加わった。2015年初めの段階で、NPT条約に参加している国は190ヶ国。しかし、イスラエル、パキスタン、インドの3ヵ国の核保有国はNPT条約に署名していないし、北朝鮮は2003年にNPT条約から脱退した。

 にもかかわらず、核不拡散という理想がもたらした影響は大きい。国内外の両方からの圧力のために、核兵器を保有していた国、あるいは保有を計画中ないしは考慮中であった少なくとも24の国々が、最終的にはNPT条約に署名した。

 1970年以前におけるこうした国々にはエジプト、イタリア、日本、ノルウェー、スウェーデン、西ドイツも含まれていた。1970年以降では、アルゼンチン、オーストラリア、ブラジル、カナダ、ルーマニア、南アフリカ、韓国、スペイン、台湾、ユーゴスラビアがそのリストに入る。ソ連崩壊時に核兵器を相続したベラルーシ、カザフスタン、ウクライナの三つの旧ソ連邦国は、その保有を放棄した。中東では、国際的な圧力のゆえに、イラクが1991年に、リビアがかなり遅れて2003年に核兵器製造計画を中止した。

 その一方で、核兵器保有断念へのこうした積極的な動きに逆行する動きもあり、核技術の「平和利用」推進によって、数十ヶ国が、核兵器を生産しようと思えば自国の原子力技術をそのために利用する能力を備えることとなった。2014年3月の段階では、軍備管理協会は「核兵器製造可能」国として、44ヶ国もの国々を挙げている。

 ソ連崩壊と冷戦終結に伴って、核兵器均衡という恐怖は、変化はしたが消滅したわけではない。冷戦後のこれまでの経緯が示しているように、政治、イデオロギー、人間の本性、技術の特性である不可逆性など、いろいろな要因が全部重なり合って、その消滅を不可能にしている。
(中略)

 しかしながら、いろいろな情報から今やようやく分かっていることであるが、冷戦が熱い戦争へと展開するのが避けられたのは、全くの幸運と偶然の故であったことも確かなのである。究極的には、核タブーが核兵器の使用を最終決定する人間を制御したが、そうした制御を不可能にしかねなかった動きが三つの方向からあった。

 一つは、初期の核戦争計画者たちが持っていた終末論的な「聖戦」のためには核を使うという信念。二つ目は人的または機械的な判断間違い、すなわち核兵器による相互攻撃という事故を偶然に引き起こしそうになった「誤まりの警報」や「危機一髪」での回避。そして、三つ目は、1945年以降に起きた武力紛争の中で、核タブーを感じない上層部の人間が、ある特定の紛争では核兵器の使用を実際に考慮することをたびたび行なったこと。


「非核化」を弄ぶかのような北朝鮮の金正恩であるが・・・
ニッポンも(公には出来ないが)核カードを隠し持つ必要が生じている昨今ではあるまいか。

『アメリカ 暴力の世紀』3:核抑止力とか核の脅威(続き)
『アメリカ 暴力の世紀』2:核抑止力とか核の脅威
『アメリカ 暴力の世紀』1:日本語版への序文


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