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zoom RSS 『証言・街並み保存』

<<   作成日時 : 2018/07/11 11:45   >>

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<『証言・街並み保存』>
図書館で『証言・街並み保存』という本を、手にしたのです。
著者が進めた街並み保存に関する連続インタビューが興味深いのです。
函館、角館、妻籠、石見銀山、内子、竹富島・・・そうそうたる街並み保存である。

大使の故郷のお隣は愛媛県であるが、愛媛県とは何かにつけて張り合っているのです。
わが故郷が、逆立ちをしても愛媛県に敵わないものとして、街並み保存たらいう文化の蓄積があるのです。


【証言・街並み保存】


西村幸夫, 埒正浩著、学芸出版社、2007年刊

<「BOOK」データベース>より
町並み破壊の危機に抗し、地域から新しい価値を創り出した、まちづくり第一世代の肉声。
【目次】
「町並み保存運動」由来記ー日本において「町並み保存」はどのようにして生まれたか/峯山冨美ー小樽ー運河と共に生きるまちは過去・現在・未来に生きる人たちの共同作品/村岡武司ー函館ー歴史的建築物の再生がまちに生命を与える/高橋雄七ー角館ー歴史の厚みを積み重ね、歴史に寄り添ったまちづくりを/小林俊彦ー妻篭ー「売らない」「貸さない」「こわさない」のむらづくり/小澤庄一ー足助ー本物にこだわる古くて新しいまちづくり/松場登美ー石見銀山ー足元の宝を見つめて暮らしをデザインする/岡田文淑ー内子ー引き算型のまちづくりと村並み保存/上勢頭芳徳ー竹冨島ー島を美しく守るうつぐみの心

<読む前の大使寸評>
著者が進めた街並み保存に関する連続インタビューが興味深いのです。
函館、角館、妻籠、石見銀山、内子、竹富島・・・そうそうたる街並み保存である。

rakuten証言・街並み保存

内子町町並み保存

大使の故郷のお隣は愛媛県であるが、愛媛県とは何かにつけて張り合っているのです。
わが故郷が、逆立ちをしても愛媛県に敵わないものとして、街並み保存たらいう文化の蓄積があるのです。
・・・ということで、内子町の町並み保存を、見てみましょう。

(岡田文淑:前内子町並み保存センター所長)
p170〜175
内子―引き算型のまちづくりと村並み保存 
西村:愛媛県は2004年に「町並み博」を開催しました。愛媛県の南の方の、内子と大洲と宇和島を中心に、「あるもの」を活かして、歴史的な町並みをめぐるような博覧会です。翌年開催された愛知万博とは対極的でした。こういう動きができたのも、そこに歴史的な町並みがあり、それが大事にされていて、それを皆がわかってきたからだと思います。そういう動きをつくられたのが、岡田文淑さんです。

 岡田さんはもともと内子町役場にお勤めで、その中で町並み保存を一からやられてきた方です。今日は、地元の人がそんなに町を評価していなかったときに、皆の心をひとつにして、町並み保存をどう出発されたのかを聞きたいと思っています。
 内子は、日本の町並み保存の初期の頃の事例です。内子町の八日市・護国地区が1982年に重要伝統的建造物群保存地区になっていて、多くの人が訪れます。

 この町に残されている「内子座」という芝居小屋などの保存の話、そして、岡田さんがつくられた言葉ではないかと思うんですが、「村並み保存」の話、こういう話もうかがいたいと思います。村並み保存は町並み保存が軌道に乗ったところで、町だけではなく、周辺の村を守り育てていくということです。この面白い活動が今も続いています。

 ここに出てくる問題は、非常に普遍的な問題です。日本中の町で考えなくてはならないことだと思います。一緒に考えてみたいと思います。

岡田:私は、町並み保存の仕事をやっていて、公務員生活がこれほど楽しくて、幸せなものだということを今も実感しているところです。退職して、今はボランティアで地域づくりのお手伝いをしていますが、公務員稼業のありがたさをひしひしと感じています。

 私は、内子町役場の職員でした。町の人から給料をもらって自分の生活が維持できる立場の人間です。だから、自分の雇用主は町の住民であり、納税者であるべきです。ところが、町役場を眺めてみると、「自分の雇用主が納税者だ」という意識を持った公務員は意外に少ないのも現実です。これは内子町役場だけではなく、全国に共通することだと思います。ほとんどの人は、自分の雇用主は市町村長などと思ってしまうんです。

 そういう意識で地方自治体の事務を所管すると、多くの場合に、とんでもない思い違いをやっていくだろうというのが、私の公務員生活の実感です。

  内子町は、今は町村合併をして人口約二万人になっていますが、合併前は1万1千人で、1970年代は1万5千人くらいでした。その頃、自分の町を振り返ってみたんです。毎年、確実に4、5百人が減っている。十年経つと5千人近くの人がいなくなる。私がそれに気付いたのが30歳の頃だったんです。「このペースで人口減少が続くと、自分が50歳になったときに、自分の雇用主はいなくなるな。ということは、自分の仕事がなくなる。役場にいられなくなる」。そういう危機感を抱いたんです。

 そこから、「自分の雇用主である町の人の暮らしを守るのは誰の役割なのか?」と考えたんですね。それまでは、住民の暮らしを守る役割を持つべき人のことなど考えたことがなかったのです。

 町が良くなるのも悪くなるのも、町長や議会議員の責任で、我々職員は、そういう人たちの指示に従って、忠実に事務を掌ったり、従ったりしていれば給料を貰えるわけなんですから。それが公務員だというひとつのスタイルが定着してしまっていたんです。
(中略)

岡田:そういうことをやっていく過程で最初にわかってきたことが、町の人の意識の中では、「歴史的な町並みを保存する」という概念そのものがバカなこととみなされていることですね。経済成長真っ只中の時代でしたから、皆さんの常識的な価値観は「スクラップ&ビルド」。すべてが壊すことを前提にして、地域づくりが発想されていく時代。それを壊さずして新しい町をつくっていくというのは、非常識も甚だしい。

 私の家には、ずいぶんと非難の電話がかかってきました。私の家内にも電話があったんですけれども、「おめぇ、旦那にあんなことをさせとったら、そのうち役場を首になるぞ。大概にしろ」というような脅しまでありました。それが昭和50年代前半です。しかし、今振り返ってみると、そういったことが逆に、私自身をはげます愛の鞭になったかなと思います。

 ただひとつはっきりしたのは、町の人が思い描いている常識が、地域づくりという概念で自分の地域を考えるときには、いかに非常識であるかということです。


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