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zoom RSS 『亡き人へのレクイエム』1

<<   作成日時 : 2018/06/11 20:40   >>

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<『亡き人へのレクイエム』1>
図書館で『亡き人へのレクイエム』という本を、手にしたのです。
池内さんは、米原万里や杉浦日向子を取り上げたりしてかなりシブいので、かねてより注目していたのです。


【亡き人へのレクイエム】


池内紀著、みすず書房、2016年刊

<「BOOK」データベース>より
したしかった人、何度か会っただけなのに忘れがたい人、本を通して会った人。出会いのかたちはそれぞれ、でもずっと大切な存在である人々について、時代と生活に思いを馳せながら、歩いたあとを辿るように書く。各紙誌等に発表した文章を大幅に再構成・加筆修正した27編に、エッセイ「死について」を付す。

<読む前の大使寸評>
池内さんは、米原万里や杉浦日向子を取り上げたりしてかなりシブいので、かねてより注目していたのです。

<図書館予約:5/27予約、6/10受取>

rakuten亡き人へのレクイエム



ずっと大切な人々のなかから、須賀敦子を見てみましょう。
p35〜38
須賀敦子 
 阪急沿線の夙川、打出の翠ヶ丘。あるいは、「岡本という、私たちの家のあったところから電車で停留所二つ目のところに、母の姉が住んでいて・・・」
 夙川は西宮市、翠ヶ丘は芦屋市、岡本は神戸市東灘区にあたり、行政的にはべつべつだが、地形的には、ほぼ東西に隣合っている。

 谷崎潤一郎の関西を舞台にした小説によく出てくる。私自身、近い町の生まれであって、二十代から三十代のはじめにかけて神戸に住んでいた。地名を聞いただけで家並みから住人の表情まで、まざまざと浮かんでくる。

 ひとことでいえば、阪神間の山手である。文字どおり六甲山系の山手にあたる高台に位置している。大阪商人は財を築くと、この辺りに屋敷をかまえた。あるいは別荘をもった。帯状にのびた阪神地区にあって、同じく細い帯状をつくり、「恵まれた資産家」といわれる人々の小世界があった。

 須賀敦子が育ち、幼い夢をはぐくんだところである。やがてそこから出ていった。おりおりもどってきたが、そのたびにまた鳥のように飛び立った。
「大きな土蔵のある、庭のひろい家だった。家のまえがテニスコートで、春になると、そのまわりがタンポポで黄色くなった」
 家族のことにも触れている。父が長男だったせいもあって、若い叔父や叔母が同居していた。叔母が二人に叔父が三人、そして祖母、両親、子供の自分たち。

 若い叔父たちは、いずれ当主にしかるべき会社のしかるべき地位をあてがわれて独立したのだろう。そのはずである。若い叔母たちは行儀見習いを終えると、しかるべき配偶者のもとに嫁いだ。当主は花嫁道具に加えて、ときには新居を用意した。そんな場合は神戸の岡本あたりが好まれた。

 この家の息子や娘たちの将来もほぼ決まっていた。息子は地元で“坊っちゃん大学”とよばれるところを出て、父の会社に入る。あるいは数年、かかわりのある銀行に勤めたのち、若手の専務として父の会社に迎えられる。娘は宝塚に熱をあげる思春期を経て、ミッションスクールへ進学。その留守中に母や叔母のあいだでしきりに、婿となるべき人の人選が進められている・・・。

 くり返しいえば、須賀敦子が育ち、そして幼い夢をはぐくんだところである。夢とともに幻滅が芽吹いたところでもあった。ここにはさまざまの人が出入りし、世間と無縁ではなかったが、しかし、民衆とよなれる人々とは縁が薄かった。浜手にひしめいている民衆地区からは隔離されていた。たまに少女が民衆を見たとしても、電車の行き帰りとか、遠出をしたときの雑沓のなかだった。わが家に近づくにつれて、それは急速に淘汰された。

 章のタイトルでは、そっけなくただ「街」とあった。だが、すぐにわかるがミラノである。須賀敦子が、まさに須賀敦子となったところだ。いたって微妙な書き方がしてある。
「・・・私のミラノは、狭く、やや長く、臆病に広がっていた」
 みずから選びとった心の故里であって、ここに住みつき、ここで夫となるべき人をみつけた。「パイの一切れみたいなこの小さな空間」とも述べている。友人たちも大半がこの区画に住んでいた。「パイ」の外に出ると空気まで薄いような気がして、いつもそそくさともどってきた。

 目覚めた生命が、ごく素直に生きようとする。ことさら語られてはいないが、異境に根づいた若い女の日常が沁みるように伝わってくる。懸命に生きながら、彼女は冷静にこの街を見ていた。そしてふつう、人がミラノで決して見ないものを語っていく。有名な大聖堂と、ほぼ同じ時期につくられた運河のこと。

「ミラノ人にとって、城壁よりも大切なこの運河は、いわゆる城壁のずっと内側に、半径が狭いところで500メートルほどの不規則な円を描いて掘られた」

 幅は20メートルに足りないが、アルプスから流れてくるティチーノ川とつながり、ながらく交易の道であり、また交通機関であったこと。ついてはある老婦人からの聞き書きを添えている。冬には運河から立ち昇る霧でガス灯の光が澱んで見えた。朝霧のなかから不意に川舟があらわれたりした・・・。須賀敦子がくり返し語った霧のミラノの原風景というものだ。

 運河を計りの目盛りにして、その「環」の内側と外側では世界が微妙にちがっていた。大聖堂の右と左とでもそうだった。
「左手は日常的、庶民的で、右手は断じて貴族的なのだ」
「断じて」などと、ちょっとリキんで言わせたのは何だろう? 選びとった故里と二重写しになって、あの阪神間の帯状をした細長い地区がひそんでいないか?

ところで・・・
若き日の大使は、「浜手にひしめいている民衆地区」の、もっと詳しく言えば阪神深江駅近くの会社の寮で過ごしたので、山手の岡本あたりの高級な風情は知っているのです。

『本は友だち』という本の中で、杉浦日向子が語られています

【本は友だち】
本

池内紀著、みすず書房、2015年刊

<「BOOK」データベース>より
どんな時も、自分のそばにいてくれる。そっと背中を押してくれる。そんな友だちみたいな本。会いたい人と会うように読み、綴る。本への愛に満ちたエッセイ。

<読む前の大使寸評>
「会いたい人に会うように」という章に出てくる人たちの顔ぶれが、なかなか、ええでぇ♪
<図書館予約:(3/20予約、3/24受取)>

rakuten本は友だち
『本は友だち』2:杉浦日向子
『本は友だち』1:中尾佐助


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