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zoom RSS 『私的読食禄』

<<   作成日時 : 2018/03/01 08:10   >>

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<『私的読食禄』>
図書館で『私的読食禄』という本を、手にしたのです。
堀江敏幸, 角田光代が交互に料理、食品に関する本を評しています・・・食欲増進にいいかも♪


【私的読食禄】
私的
堀江敏幸, 角田光代著、プレジデント社、2015年刊

<「BOOK」データベース>より
読むことでしか食べられない。「dancyu」の好評連載8年分、100本の書評エッセイ。

<読む前の大使寸評>
堀江敏幸, 角田光代が交互に料理、食品に関する本を評しています・・・食欲増進にいいかも♪

rakuten私的読食禄


織田作之助の『夫婦善哉』を、見てみましょう。
p142〜143
『夫婦善哉』角田光代 
 だめな男ばかり書く、とよく言われるのだが、織田作之助の『夫婦善哉』に出てくる柳吉に比べたら、私の書く男なんて、きわめてきまじめで平凡だと思う。

 柳吉は妻も子もいる化粧品問屋の息子で、それらを売り歩くうち芸者の蝶子と親しくなる。そのことがばれて勘当され、柳吉は離婚もせぬまま蝶子と暮らしはじめるのだが、もともと贅沢をして過ごしてきたボンボンだから、仕事もせず、浪費ばかりする。蝶子が働いても働いても、使ってしまう。二人で商売をはじめれば、すぐさぼる。うまくいかなくなるととたんに酒ににげる。浮気もする。芸者遊びもする。

 幾度読んでも、じりじり、じりじりしてくる。自分が追われているような気持ちになるのである。それでも小説に流れる空気は湿っぽさや暗さがまるでなく、からりと乾いてユーモラスですらある。これはひとえに、蝶子の明るさにある。

 なんでこんな男に惚れて、惚れたままなのか、好きという気持が減じないのか、さっぱりわからないのだが、しかし恋や愛とは現実でもそうしたものである。

 無駄遣いをしたり芸者遊びを柳吉がするたび、近所の人に悪口を言われるほど蝶子は柳吉に暴力をふるう。なのに、柳吉は態度をあらためることはない。折檻を終えてしまえば蝶子はまた、張り切って働くのである。

 この柳吉、うまいものに目がない。今でこそ、そんな男性は多いだろうけれど、昭和のはじめに食べものについて云々言う男性などいなかったろう。同棲する前、柳吉は蝶子を自分の好きな店に連れて歩く。「しる市」のどじょう汁と皮鯨汁、「出雲屋」のまむし、「たこ梅」のたこ、「正弁丹吾亭」の関東煮、などなど。

 「自由軒」という、大阪に現存するカレー店で、蝶子がカレーを食べる場面がある。難波新地で遊び尽くしてきた柳吉をさんざん折檻したあとに、ひとりでライスカレーを食べにいき、食べながらもしかし柳吉のことを思い出す。この店のライスカレーがうまいと教えたのは柳吉だったのだ。そうして次の日には、今度は柳吉と連れだって自由軒にいく。
 いとしい男に暴力をふるったあとで空腹に気づき、蝶子がひとりカレーを食べるさまは、じつに自由で、すがすがしい。この「玉子入りライスカレー」は私にとって自由の味がする。食後のコーヒーの香りまで漂ってくる。それなのに蝶子は柳吉を思い出し、甘い気持ちになってしまう。恋というのは狭い檻だなと思う。そして人は自由を捨てて、よろこんでその檻に入る。

 何年たっても、どれだけ支えても、柳吉は蝶子と籍を入れず、だめ男のまんまで、蝶子は自殺未遂事件まで起こす。けれど、蝶子は狭い檻から出ようとしない。それでも不思議なことにラストを読むと、人生の帳尻はしっかり合ったように思えてしまう。

 それにしてもよくよく食べものの登場する小説で、そのほとんど、蝶子と柳吉は一緒に食べている。なんだかそのことが、本来は相容れないはずの、生活と恋、どちらもの本質であるように思えてくる。


この二人が演じた『夫婦善哉』がよかったなぁ♪
善哉

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