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zoom RSS 『老耄と哲学』2

<<   作成日時 : 2017/10/12 16:25   >>

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<『老耄と哲学』2>
図書館で『老耄と哲学』という本を、手にしたのです。
梅原猛さんといえば、哲学者そのものであり言ってることも難しそうではあるが・・・読んでみるか。


【老耄と哲学】
梅原

梅原猛著、文藝春秋、2015年刊

<「BOOK」データベース>より
縦横無尽の教養と好奇心、鋭い批判精神に基づき、卒寿の年を迎えてなお果敢に発言し続ける…20年を超える新聞連載「思うままに」シリーズ最新刊。

<読む前の大使寸評>
梅原猛さんといえば、哲学者そのものであり言ってることも難しそうではあるが・・・読んでみるか。

rakuten老耄と哲学


米寿を越えた梅原さんが健康について語っているので、見てみましょう。
p254〜258
健康について 
 米寿にしてなお元気な私の健康法は何かとよく尋ねられる。その問いに一応、私には健康法はないと答えることにしている。しかし無意識のうちに私は、人が健康に生きられるような生き方をしてきたのかも知れない。

 私は88年の人生を自分勝手に生きてきた。政治家になれという養父やエンジニアになれという実父の勧めを拒んで、哲学者としての道を選んだからには、私は研究を苦痛に感じることはまったくなかった。

 本を読み、思索をし、ものを書くこと、それが私の最大の楽しみであり、若き日、ひととき迷いの時期はあったが、35歳以降はスランプに陥ることなく、ずっと読書家、思索家、著述家の道を貫いて生きてきた。幸運にも私の著書は多くの人に読まれ、その原稿料で40歳代半ば以降、十分家族を養うことができた。

 私は学者として一匹狼の異端児であったが、その私が京都市立芸術大学の学長になった。私の敬愛する芸術家が務める芸大に誘われるままに就職したところ、着任早々、大学移転問題が起こった。それは、名神高速道路に面して騒音がひっどく、そのうえ日の当らない山の中の地に芸大を移転させるという話であり、私は、そのような移転は芸術の虐殺行為であると腹の底から怒りを覚えた。
(中略)

 そしてまた日本文化に関する国際的・総合的な研究機関がないという不満を覚え、故桑原武夫氏とともにそのような機関の設置を政府に要請した結果、当時の中曽根康弘首相の英断によって国際日本文化研究センターが創設され、初代所長を3期8年務めた。

 しかしその9年にわたる学長、8年にわたる所長在任中、私は地位への執着を感じたことはなかった。本来一匹狼の著述家で、管理職などを務めないほうがより生産性が上がるのではないかという気持ちをもっていた私は、遊戯をするというように学長、所長を務めたといえる。

 80歳を超えてからはほとんどの職を退き、今はまったく気ままに生きている。気の向かない用事はすべて断り、好きなことだけをしている。妻は、「そんなに勉強ばかりしていると体を壊しますよ。遊んでいればいいのに」というが、私は仕事をするのが楽しいのである。医者も「好きなことをおやりください。それが体にもよく、老化を防ぐことになります」という。この点のみ、私は妻のいうことより、医者のいうことに従っている。私は現在、まさに遊ぶが如く研究しているといえる。

 このように気ままに生きることが、私の無意識に行ってきた第一の健康法だったのであろうか。
(中略)

 性欲の衰えはすなわちあらゆる欲望の衰えであろう。80を超えてなお血眼になって金銭や名誉を求める人もいなくはないが、私はそのような人に共感できない。「高砂」の翁と媼の如く肉体の衰えを自然のことと受け止め、求めず、願わず、怒らず、悲しまず、1日1日を無事に過ごすのが老残の身にとってもっともよき生き方であり、それがまた長生きへの道ではないかと思う。
 私の第二の健康法は、求めず、願わず、距を超えずに生きることである。

ウーム いい気なものの梅原さんではないか…
われわれ凡人たちもこの健康法を踏襲していいものか、気にかかるのである♪

『老耄と哲学』1

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