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zoom RSS 『老耄と哲学』1

<<   作成日時 : 2017/10/12 08:28   >>

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<『老耄と哲学』1>
図書館で『老耄と哲学』という本を、手にしたのです。
梅原猛さんといえば、哲学者そのものであり言ってることも難しそうではあるが・・・読んでみるか。


【老耄と哲学】
梅原

梅原猛著、文藝春秋、2015年刊

<「BOOK」データベース>より
縦横無尽の教養と好奇心、鋭い批判精神に基づき、卒寿の年を迎えてなお果敢に発言し続ける…20年を超える新聞連載「思うままに」シリーズ最新刊。

<読む前の大使寸評>
梅原猛さんといえば、哲学者そのものであり言ってることも難しそうではあるが・・・読んでみるか。

rakuten老耄と哲学

茨木

茨木のり子と金子光晴を語っているあたりを、見てみましょう。
p127〜128
茨木のり子と金子光晴 
 茨木のり子の詩もよいが、よりすぐれたものは評論、特に金子光晴論であると思う。金子は巨万の富を相続し、ヨーロッパや中国への旅によってその莫大な財産を浪費した放浪詩人である。彼は放蕩の楽しみを詠い、また反戦の詩も書き、かつ孫のかわいさを手放しで詠う詩人でもあった。実生活において厳しく純潔さを守った茨木は、金子とは180度違う人生を生きたといわねばならない。

 しかしそれにもかかわらず、茨木は金子を礼賛する。金子は日華事変の前夜にあたるころ、詠う。

 天下国家のことを憂えて
 ぼくは歩いてゐる
 それなのになんという恥じ知らずな
 ぼくはいまほんたうに思ひ描いてゐるのは
 あつあつの鴨南蛮

 彼女によれば「荒地」の詩人たちは天下のことを論じても、鴨南蛮のことはすなわち肉体のことは詠わない。天下国家のことを考えながら鴨南蛮を食べたく思う人間こそ全人的な人間だと彼女は主張する。そして自分の趣味ではないと断りながら、女性器の俗語の上に「なじみ深いお」を、下に「さん」をつけ、それに対して「サンキュー・ベリマッチ」と感謝する金子に茨木は「詩人の魂」をみる。

 すぐれた詩人がすぐれた先輩詩人を理解した最高の名文といってよかろう。


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