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zoom RSS 『ぼくがいま、死について思うこと』5

<<   作成日時 : 2017/10/11 09:23   >>

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<『ぼくがいま、死について思うこと』5>
図書館で椎名誠の『ぼくがいま、死について思うこと』を借りたのだが・・・
元気印の椎名さんが死について語っているので、拝聴しようと思ったのです。

大使も、父の葬儀は人並みに行ったのだが・・・
日本で言う人並みは、世界の中では高額な儀式になっているようです。

<葬儀産業の手練手管>よりp30〜31
 とはいえ、日本の葬式は、規模が大きくなるにつれて、近親者の「」を当事者が心から悲しむ余地がないほどにみせかけの豪華さを競うおかしな方向に走ってきた感がある。結婚式が「幼稚なカッコよさ」に走ってその本来がデフォルメされているように、豪華葬儀のほうは遺族の「見栄」が主軸になっているのだろう。またそれを煽る葬儀産業の手練手管もそうとうなものだ。

 前章で書いたようにぼくもいくつもの身内の葬儀に関係したが、葬儀社の言葉巧みな営業根性にはまったくびっくりした。
 よく言われることだが、葬儀の祭壇にしても棺桶にしても、せいぜい使うのは2〜3日である。棺桶などは完全に燃やしてしまうだけのものなのに、カタログをみるとたくさんの種類があり、それぞれに質のことなるものが揃っている。
 値段もびっくりするほど高額なものがあるのを知った。そして葬儀社の人のセールストークの巧みさは、完全に人間の心の揺れや迷いをつかみ、それを活用しているように思えた。見栄だけでなく、死者をおくる尊厳の意味とか、最近の世間の風潮など、いろいろな技を繰り出して少しでも高い値段に設定させようとする。

 状況によっては喪主が激しく動揺している場合も多いだろうから、葬儀社の「いいなり」に決められていく、というケースもあるだろうなという率直な印象をもった。

 葬儀費用は国によってどのようになっているのだろうか。島田裕巳『葬式は、要らない』(幻冬舎新書)によるとアメリカが約44万円、以下イギリス12万円、ドイツ20万円、韓国37万円、そして日本がとびぬけて高く230万円、となっている。

 これは平均であるから、豪華葬儀となると1千万円、2千万円などという例もありふれて行われているのだろう。そしてたぶん日本が世界で一番葬儀に高額な費用をかけている筈である。これを冷静にどう判断するか難しいところだ。ひとつの側面に「金のある国」という背景があるだろう。ひところにくらべたらそれもだいぶ低迷化しているようだが、例の「見栄」の構造が働いて、生活費用とは別に葬儀費用にあてるために特別に金を用意してある、などという例もあるらしい。


椎名さんがお墓について薀蓄を披露しています。

<石の墓の意味>よりp39〜42
 本当に埋葬した遺体なり遺骨なりはよほどの事情がないかぎり、埋めた土を掘り起こし、再び外にさらすことはない。ところが日本のカロウト式のものは、その一族の新たな死者の遺骨を納めるたびに、言葉は悪いが実質的には「墓あばき」に近いことが普通に行われているのだ。これは世界にもあまり例のない形態、習慣らしい。

(中略)
 『柳田國男全集12巻』収録の「葬制の沿革について」に両墓制のことが書いてある。簡単にいうと、遺体を埋葬する場所と石塔(墓石)のある場所は同じところではなく、遺族は埋葬する場所(三昧とよばれる)とは異なった石塔のほうにお参りする。石塔のほうで祖霊を祀る、ということは遺骨よりも霊魂を重視している、ということになる。

 岩田重則『墓の民俗学』(吉川弘文館)を読むとなぜ両墓制になったかということについてこう説明している。
 遺体を埋めたところは土地が柔らかくなっている。棺などの場合は、それが朽ちて崩れる場合もある。したがってその上に重い石塔を建てるのは不向きである。けれど遺体を埋めたままにしておくと、山犬などがそれを掘り返す場合もあるから、その上に様々な墓上施設を置く。たとえば枕石で、川原から拾ってきた平たい丸い石が使われることが多い。これは死者をそこに埋葬した、という印だけではなく、埋葬された遺体を鎮めるという意味があったようだ。

 その上に屋根をつけたり、傘を立てる場合もある。まわりに竹を割って折り曲げたものを何本も差し込んで、全体を守るような形にしたものをオオカミハジキ、メッパジキ、イヌハジキなどと呼んだ。鎌をその上に置く場合もある。

 地方によっていろいろ形や意味は変わるが、これら全体が本来の「墓」の原型なのだろう。 けれど、石や傘や割った竹などでしるしたものは長い年月のあいだに壊れたり荒らされたりするから、やがて先祖の埋められたところがわからなくなってしまうだろうことは容易に想像できる。
 その場所からいくらか離れたところに石塔が建てられ、遺族は永代にわたってその石塔のほうにお参りするようになった。

 こういう経緯を考えると、先のアメリカの先住民の思考を語った女性の意見に反論することができる。墓参しているところには遺体は埋葬されていないのだから。
 『墓の民俗学』と同じ著者による『「お墓」の誕生』(岩波新書)に「アナッポリ」の話が書かれている。遺体を埋める穴を掘る人のことだ。これはたいてい村の住民が交代順番制でやったようだが、時代を経て墓上施設がばらばらになってしまうことがよくあるから、エリアの限られた三昧のどこかを掘ると、以前埋葬された人の遺骨が出てくることがしばしばあって、これは大変に嫌がられたという。

 今のカロウト式の墓は土葬時代のこの両墓制に比べると遺骨とその慰霊の象徴である石塔が同じ場所になっていることから、先に述べたような問題はおこらず両墓制の頃よりは理屈にあう。
 とはいえ一族の誰かが死に、遺骨になるたびに、納骨室をあけて新たな遺骨を入れる、という方法は世界の埋葬や墓のしくみなどから考えるとやはり相当に異例な「しきたり」と「しくみ」であるのかもしれない。


椎名さんがあとがきの中で、尊厳死について語っているが、父を失った大使も同じ感慨を持ちました。

<少し長いあとがき>よりp187〜188
 もうひとつこの本のなかでは触れなかったが、年配者の尊厳死について書いておきたい。一方で「尊厳死」は、若い頃の「自死」とは対極にあるように思う。ある程度の生をまっとうし不幸ではあるが病に倒れ、いくつも生命維持装置に繋がれて辛うじて生きている、という状態になったとき、人は文字通り人間としての「尊厳」を重んじて、その当事者の希望するとおりに医学的な措置を施し、いくつもの生命維持装置の継続を断って、ゆるやかな、しかし確実なやすらぎへむかって生の終止符をうつ「しめくくり」への選択が普通に認められていいと思う。
 
 ぼくは若い頃からそうとうに無理をした人生を送ってきたから、自分自身そういう状態になったらそのようにしたい。自分で判断できないような状態になったときは遺族はこの本のこの箇所をひろげて実行してもらいたい。

 それからもうひとつ、近頃、独居老人の孤独死、ということもよくとりざたされるようになった。あたかも「あわれ」であり薄情な近隣社会、などということが、これもまた共通して語られるけれど、果たして本当にみんながみんなそういうことなのだろうか。
「孤独死」にも、「自ら選んだ死」というケースもあるのではないか、と思うのだ。

 大した病苦もないが、もうあくせくと生きるためにモノを手にいれ、それを料理して租借し、新聞やテレビで世の中のことを逐一知り、怒ったりよろこんだり(怒るほうが圧倒的に多いと思うが)、それでもじわじわ生き続ける、ということにあまりたいした意味を感じなくなる状態、年齢、思考変化、というものがおとずれることもあるだろう。
 そのときは、自発的に、ゆったりした自分だけの空間でゆるやかに自分で進んで生命を断っていく、という選択もあるべきだと思う。それは決して「あわれ」でもなく周辺が「非情」でもない尊厳すべきもうひとつの死の選択なのだろうと思う。
 
 こんなふうに、これからの「死」はもっともっとその人間の意志によって、幅のひろい方法が考えられるべきだろう。



【ぼくがいま、死について思うこと】
椎名

椎名誠著、新潮社、2013年刊

<「BOOK」データベース>より
ぼくはあといくつこういう場に立ち合えるのだろうか。そしていつ自分がこういう場でみんなにおくられるのだろうか。それは、わからない。ぼくにも、そして誰にもわからない。

<読む前の大使寸評>
今年は、父の葬式。親戚の葬式が続いたので、いやでも死について思うことが多かったのです・・・

で、元気印の椎名さんが死について語っているので、拝聴しようと思ったのです。

rakutenぼくがいま、死について思うこと


『ぼくがいま、死について思うこと』1:飲み屋での「刷り込み」
『ぼくがいま、死について思うこと』2:楽しい老化、大きな嘘の約束
『ぼくがいま、死について思うこと』3:親友、そして自分はどう死にたいか
『ぼくがいま、死について思うこと』4:偽巡礼の実相

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