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zoom RSS 『ま、いっか』2

<<   作成日時 : 2017/08/09 14:48   >>

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<『ま、いっか』2>
図書館で『ま、いいか』という本を、手にしたのです。
浅田さんのエッセイ集はこれまで数冊読んできたが…
この本はタイトルにも表れているように気楽な感じの編集のようで、それもいいかも♪



【ま、いっか】
ま、いいか

浅田次郎著、集英社、2009年刊

<「BOOK」データベース>より
自分のために笑え。人のために笑え。いつも背筋を伸ばし、鉄の心を忘れるな。粋に、一途に、ゆうるりと。浅田次郎が贈る、軽妙洒脱な生き方指南。

<読む前の大使寸評>
浅田さんのエッセイ集はこれまで数冊読んできたが…
この本はタイトルにも表れているように気楽な感じの編集のようで、それもいいかも♪


rakutenま、いっか


この本のタイトルになっている「ま、いっか」を、見てみましょう。
p11〜14
<ま、いっか> 
 男は容姿ではない、などと口で言うのは簡単だが、いささか無責任な言であろうと私は思う。それがすべてではないにしろ、容姿が恋愛の一要件であることにちがいはないからである。

 ただし普遍的客観的にすぐれた容姿の男ばかりを要求し続けると、痛い目に遭うかアブレるかのどちらかであるから、「ま、いっか」という許容範囲内で手を打つのが、恋愛のコツと言えよう。

 恋愛感情の相当部分は思いこみである。もしかしたら大部分かもしれない。したがって信心深いタイプの女性ならば、相手のアバタをエクボだと思いこむこともできるが、飽きっぽい性格の女性は、本物のエクボもやがてアバタに見えてくる。恋のゆくえは大方こうして決まるのであるから、「ゼッタイこの人」も「ま、いっか」も、結果的にはさほど変わりがない。

 要するに、男の容姿は恋愛の一要件にはちがいないけれど、客観ではなく主観的に納得できればよい、ということになる。
 さて、ここまではわかった。たとえ世界中がサイテーとののしっても、自分の美学だけがイケメンと信じてさえいれば、恋愛は幸福である。だがしかし、この恋愛論には思いもつかぬ陥し穴がある。

 恋愛の結果としての結婚、もしくはそれと同然の長期にわたる交際において、男の容姿は哀れな変貌をとげる。若い時分のたかだかのみてくれなど、たいてい40もなかばを過ぎれば形骸すらとどめぬのだから怖ろしい。年齢とともにてんで傍目を気にしなくなる分だけ、男の変容は女性の比ではない。
(中略)

 今や女の人生は男によって左右されるほど脆くはなかろうが、一生の伴侶とするには早熟型のイケメンよりも、晩成型のジミ男のほうが得にきまっている。しかも中年からの男の容姿は収入や地位に比例する場合が多いから、結婚相手としてはあえて「ゼッタイこの人」を捨て、「ま、いっか」を取るという手も大いにありうる。

 その先は努めて信心深く、アバタもエクボだと思いこめばよい。思うだけではなく、口に出して誉めちぎればなおよい。女はほめられて喜ぶだけだが、男はほめられればその気になるので、やがてアバタはエクボに変わる。

 年齢とともになぜかカッコ良くなり、容姿に応じて晩成した男たちには、みなリングサイドのトレーナーのごとき伴侶がついているように思える。
 さあ、身近の「ま、いっか」について、もういちど考え直してみようか。


『ま、いっか』1

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