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zoom RSS 『君は嘘つきだから、小説家にでもなればいい』4

<<   作成日時 : 2017/08/08 08:00   >>

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<『君は嘘つきだから、小説家にでもなればいい』4>
図書館で『君は嘘つきだから、小説家にでもなればいい』という本を、手にしたのです。
おお 浅田さんのエッセイ集ではないか♪
生粋の江戸っ子で嘘つきの浅田さんであるが…半分ほど関西人の大使が惹かれるのだから面白いものである。



【君は嘘つきだから、小説家にでもなればいい】
浅田

浅田次郎著、文藝春秋、2011年刊

<「BOOK」データベース>より
言葉の魔術に、酔いしれる。生き別れた母を想い、馬と戯れ、小説の神様と向き合う。人気作家の「心わしづかみ」エッセイ集。

<読む前の大使寸評>
生粋の江戸っ子で嘘つきの浅田さんであるが…半分ほど関西人の大使が惹かれるのだから面白いものである。

amazon君は嘘つきだから、小説家にでもなればいい


浅田さんはハウツー本を嫌っているのだが、小説を書きたい大使は如何にして小説家になれるのか知りたいのです(汗)
p164〜166
<小説家という聖職> 
 小説をたくさん読み、気に入った作品は声に出して再読し、なおかつこれぞと思ったものは筆写することが、若い時分のならわしであった。むろん作家となるための修行などではなく、私の偏執的な読書法である。

 そのような道楽を続けるうちに、文章表現が時代とともに衰弱していることに気付いた。古い物語では、たとえば小泉八雲の「怪談」のようにいかほど非現実であっても、読者はその情況にとりこまれてしまう。しかし時代が下るほどに、普遍的な日常の描写ですら他人事となる。ストーリーの面白さや小説の完成度とはべつに、文章の醸し出す臨場感という点で、新しい時代の作品は古典に見劣るのである。

 しかし私は、芸術は時代とともに衰弱するという運命論を信じたくはなかった。すべてのものは歴史とともに進化してゆくのだから、芸術だけが退行するのは理不尽であろうと考えた。そこで衰弱の原因を探求したところ、こと文章表現の実力に関しては、近代文学が雄飛したと思える大正時代と、自由な表現が可能になった戦後に、実は決定的な衰弱が訪れているように思えた。

 出版業界の活況による粗製濫造も大きな理由であろうが、さきに述べた「臨場感の欠落」という点を考えると、映像文化の作家に与えた影響を否定することはできまい。大正のなかばには商業映画が盛んになり、戦後は映画の黄金期に続いてテレビが登場した。その結果、小説家は頭の中にスクリーンやブラウン管を置き、そこに映し出される情景を文章に変換し始めたのではなかろうか。

 そのような手法によって書かれた小説は、たとえ私小説であれ一人称の小説であれ、観客席の闇から物語を他人事のように眺める客観を免れぬのである。
 ことに、小説を小説から学ばず、主として映像表現から学んだ世代にはこの傾向が顕著で、描写がキャメラワークであるから即物的かつ冗長になり、いきおい読者は退屈な長篇小説を読まされるはめになる。そうした小説を読みこなすためには、まず第一に閑暇が必用である。第二に辛抱強い性格が必要である。この二つの要素は反現代社会ともいえるので、すなわち小説は大衆から乖離して、一部のマニアのための娯楽と化してしまった。

 むろん小説は本質的に、ある程度の閑暇と辛抱強さを読者に要求する。しかしそれらを維持することが難しい社会になればなるほど、すべてを忘れさせて読者を虜にする力を、小説は備えなければならない。あたかも運動選手が先人の記録を塗りかえるように、常に古典を凌駕する物語をめざさねば、小説という芸術は滅びてしまうのである。

 こうした考えに至ってからというもの、私は小説を書くとき、頭の中に映像を置かぬようになった。具体的にはどういう感覚で書くのかというと、必ず登場人物のかたわらに立つのである。主人公になりきるのではなく、登場人物のひとりとなって現場に参入する。時間も空間も共有し、ともに嘆き、ともに笑う。わかりやすくいうなら、「ことの顛末をたまたま見届けてしまった任意の人物」である。

 ただしこの方法にはコツが要る。肉体を書斎にとどめて精神を物語の世界に飛ばすのではなく、表現技術を持った作家の魂をこちらに残して、肉体を向こうに飛ばす。想像するのではなく、体験するのである。おそらく映像が出現する以前の作家は、みな自然にこうした形で小説を書いていたのだろうと思う。

 太古からの歴史を持つ小説が、百年の映像文化に追随してはなるまい。少なくとも私の目からはそう見える昨今の両者の関係は、文学にとってはむろんのこと、映像の未来にとっても不幸であろう。
 人類が言葉を得た瞬間に始まる小説家という職業を、私は聖職として矜りに思っている。


『君は嘘つきだから、小説家にでもなればいい』1:英雄の足跡
『君は嘘つきだから、小説家にでもなればいい』2:浅田さんの読書遍歴
『君は嘘つきだから、小説家にでもなればいい』3:英雄の足跡(続き)

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