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zoom RSS 『ジャポニスムと近代の日本』1

<<   作成日時 : 2017/08/04 08:07   >>

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<『ジャポニスムと近代の日本』1>
図書館で『ジャポニスムと近代の日本』という本を、手にしたのです。
ぱらぱらとめくってみると、日中文明の衝突というか・・・
中国のシノワズリーと対比して述べる著者のスタンスがかなり愛国的であり、ええでぇ♪

【ジャポニスムと近代の日本】
ジャポン

東田雅博著、山川出版社、2017年刊

<「BOOK」データベース>より
今日、クールジャパンとして、世界の注目を集めている日本の文化。幕末・明治期の頃にも、ジャポニスムと呼ばれる同様の現象が見られた。日本が文化的に輝いていた、150年ほど前の日本と世界の交流について考える。

<読む前の大使寸評>
中国のシノワズリーと対比して述べる著者のスタンスがかなり愛国的であり・・・ええでぇ♪

rakutenジャポニスムと近代の日本


1868年のパリ万博後のジャポニスムを、見てみましょう。
p31〜34
<1873年ウィーン万博> 
 1873年にはウィーン万博が開催されることになり、オーストリアでのジャポニスムが幕を開けることになる。この万博は、皇帝フランツ・ヨーゼフ一世の治世25年を記念して開催されたものである。万博そのものは、ヨーロッパとアメリカにまたがる不況が始まり、さらにはコレラが発生するなど、あまり盛り上がらなかったが、日本政府として初めて公式に参加した日本はかなりの人気を集めた。

 日本としては、大隈重信が博覧会事務総裁に就任したことでも分かるように、国威発揚、貿易拡大を目的としてかなり力を入れたようである。

 展示品は陶磁器、漆器、衣服、織物、竹細工、紙製品、生糸などの他に、名古屋城の金鯱、大仏の模型なども出品された。また、日本の展示区域内には神社や日本庭園も設けられたという。この日本の展示品に対しては、工芸品を中心に198の褒賞が与えられた。また、万博終了後に出品物を売りさばくために起立工商会社が設立された。

 では、こうした展示が当時のヨーロッパにどういうインパクトを与えたのかを見ていこう。まず、ちょうどヨーロッパを視察中の岩倉使節団がこの万博を訪れているので、彼らの批評を紹介しよう。この使節団については記録が残されている。『特命全権大使米欧回覧実記』である。このなかに、「万国博覧会見聞ノ記」がある。まず彼らが万博をどう理解していたのかが気になるところである。

 彼らは万博を各国が自国の物産を持ち寄り、それらを互いに見ることで、自国産品の宣伝を行ない、かつ他国の物産によって学ぶ所と理解しており、ほぼ正確に万博のなんたるかを知っていたといえるだろう。とりわけ興味深いのは次の一節である。「貿易ヲ盛ンニシ、政策ヲ励マシ、知見ヲ衆ニ広ムルニハ、切要ナル会場ニテ、国民ノ治安、富強ノ媒助トナス設ケナリ」。彼らは、やはり万博の意義をとりわけ貿易拡大、富国強兵といった観点から捉えていたようである。
(中略)

 エキゾティックな魅力によって日本の展示品は大いに人気を得ているということであろうが、近年日本の評判がよいというのは、すでにジャポニズムが始まっていたと考えてもよいであろう。使節団一行は、このことを認識していたということである。しかし、彼らは浮かれてはいない。自国の展示を冷静に見つめ、批判もしている。油絵などは「欧州ノ児童ニモ及ハス」と切り捨てている。 

 では、日本人が賞讃した日本の展示をヨーロッパの人々はどう受け止めたのか、興味深いのは、彼らのこの万博の展示へのコメントには、欧米の展示品への日本の影響に関する点も含まれていることである。つまり、この時期にはすでに日本の影響を受けたヨーロッパの作品が展示されていたのである。岩倉使節団の人々が認識していたように、たしかにジャポニスムが始まっていたのである。


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