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zoom RSS 『月島慕情』2

<<   作成日時 : 2017/07/17 06:16   >>

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<『月島慕情』2>
図書館で『月島慕情』という本を、手にしたのです。
つい先ごろ『五郎治殿御始末』という短篇集を読んだところだが・・・その勢いで、また短篇集を借りることにしたのです。



【月島慕情】
浅田

浅田次郎著、文藝春秋、2007年刊

<「BOOK」データベース>より
恋する男に身請けされることが決まった吉原の女が、真実を知って選んだ道とは…。表題作ほか、ワンマン社長とガード下の靴磨きの老人の生き様を描いた傑作「シューシャインボーイ」など、市井に生きる人々の優しさ、矜持を描いた珠玉の短篇集。著者自身が創作秘話を語った貴重な「自作解説」も収録。

<読む前の大使寸評>
つい先ごろ『五郎治殿御始末』という短篇集を読んだところだが・・・その勢いで、また短篇集を借りることにしたのです。

amazon月島慕情


「シューシャインボーイ」の語り口を、ちょっとだけ見てみましょう。
p251〜254
<シューシャインボーイ>
 それにしてもスマートな祝儀の渡し方だと、塚田は感心した。ボスは言葉づかいは伝法だし、見てくれも粗野だけど、他人を傷つけぬよういつも配慮しているような気がする。1万円のチップを押しつけられたとき、きっと自分は嫌な顔をしたのだろう。

 「やはり、家内には黙っていられませんね」
 「そりゃおまえの勝手だがよ。言やあ言ったで、ハンドバックのひとつでも買ってやらにゃならねえぞ」
 ボスは高笑いをしてから鼻歌を唄い始めた。

 紅い夕日がガードを染めて
 ビルの向こうに沈んだら
 街にゃネオンの花が咲く
 おいら貧しい靴みがき
 ああ
 夜になっても帰れない

 ボスの唇から乗り移った悲しい歌を口ずさみながら、塚田はその日、運転席の窓ごしにふしぎな光景を見た。
 高層ビルのはざまに、力をうしなった初夏の夕日が沈んでゆく。ほんの数分の間、角筈の大ガードは時の流れに踏み惑ったような、ひといろの茜に染まった。

 都電が縦横に走っていたころ、手を引かれて大ガードの下を歩いた記憶がある。青梅街道を荻窪からやってくる都電は、幅こそ広いが高さのないその大ガードを潜ることができなかった。だから都心に入る乗客は、いちど降りて大ガードの下を歩き、歌舞伎町の入口から別の車輌に乗った。

 古煉瓦を積み上げた壁も、歪んだ石畳も滑っていた。すえた臭いに耐えかねて鼻をおさえると、祖母に手をはたかれた。叱責の理由は、その陰鬱なガード下に戦争の犠牲者たち・・・傷痍軍人や靴磨きやいかさまの物売りや、あるいはそうした生計のかたちすら思いつかぬ物乞いが、みっしりと居並んでいるからだった。

 どうにかなった者が、いまだどうにもならぬ者を蔑んではならないと、祖母は教えたのだろう。大ガードの下を往還する人々は、まるで通行料でも支払うように小銭を投げ、要りもせぬ物を買い、靴を磨いた。

 唇を惑わす古い歌と茜色の夕日が、そんな過ぎにし風景を塚田の瞼の裏に焙り出したのだった。
 しかしそうして眺めているうちに、大ガードのたたずまいが昔とどこも変わっていないことに気付いた。
 いくらかの風通しのよい入口あたりには、ホームレスも居座っていた。物乞いをせぬ分だけ切実さには欠けているが。

 すぐに戻る、とボスは言った。塚田は交叉点のきわに車を寄せて、ハザードランプをつけた。ボスは肥えた体をたいぎそうに揺らして信号を渡って行った。
 鼻歌に祟られながらしばらく待っても、ボスは戻らなかった。どこへ行ってしまったのだろうと人ごみに目を凝らすうちに、塚田はふしぎな光景を見た。

 夕日が赤い紗をかけたような大ガードの入口で、ボスは路端の椅子に腰をおろしていた。何のことない靴を磨かせているのだが、靴磨きという商売そのものがこのところはとんと見かけぬから、とっさにそとは思えなかったのだ。

 へえ、と塚田は思わず声を出した。それくらい靴磨きの存在は意外だった。
 行き交う車の間に見え隠れするその光景は、まさに一瞬の古写真だった。老いた靴磨きは客の足元を抱きかかえるように背を丸めており、ボスも首を伸ばして何ごとかを語りかけているように見えた。

 やがて車に戻ってきたボスがひどく憔悴して見えたのは気のせいだろうか。
 「靴磨き、ですか」
 と、車を出しながら塚田は訊ねた。ボスは窓ごしに靴磨きを見送り、リアウィンドウを振り返って手を振った。それからしばらく黙りこくり、拍子抜けしたころに答えた。
 「あのじいさん、名人なんだ」


『月島慕情』1

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