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zoom RSS 『日本を知る105章』4

<<   作成日時 : 2017/06/20 00:59   >>

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<『日本を知る105章』4>
図書館で『日本を知る105章』という本を、手にしたのです。
全篇にわたって、英文、日本文、画像がセットになった構成であるが・・・
何と言っても、日本文の書き手が、荒俣宏、佐高信、橋本治、鶴見俊輔等、蒼々たるメンバーで、かなり読ませるわけです。英語力アップにつながれば、おつりのようなものでおます♪


【日本を知る105章】
105

コロナ・ブックス編集部、平凡社、2001年刊

<「MARC」データベース>より
生け花、法隆寺、わび・さび、能、マンガ、忠臣蔵など105のキーワードを、日本を代表する41人の作家・文化人が簡潔明瞭に解説。全文英語訳付。95年刊「日本を知る101章」に、新たに4章を加えたもの。

<読む前の大使寸評>
全篇にわたって、英文、日本文、画像がセットになった構成であるが・・・
何と言っても、日本文の書き手が、荒俣宏、佐高信、橋本治、鶴見俊輔等、蒼々たるメンバーで、かなり読ませるわけです。英語力アップにつながれば、おつりのようなものでおます♪

amazon日本を知る105章



人類学の著者が木を語っているので、見てみましょう。
p256
<木:河合雅雄>
 日本は木の文化が幸う国だという。老木や巨樹があれば、人々は神としてあるいは神の依り代として畏敬し、しめ縄を張って崇める。日本のアニミズム心性を示す事象としてよく取り上げられるが、このことは日本人の独自性ではない。北村昌美氏らの調査によると、ヨーロッパの人が巨樹に対して神秘性や霊的なものを感じる率は日本人と変わらない。こうした性向は、人間性に宿るかなり普遍的なものなのだろう。

 木の文化と称されるのは、なんといっても木造の家と洗練された木工品を日常に使っていることだろう。庭つきの木造の家を持ちたい、日本人の誰しもがもつ夢である。できれば風呂も檜作りにし、かぐわしい木の香りに包まれて暮らしたいと思う。花の香りに埋もれてという願いをもつ民族は多いが、木の香りに浸るよろこびを大切にする民族は少ないのではないか。

 木造の家に住むということは、われわれの精神や宗教とどうかかわるのか。
 日本では、少し前はたいていの家に仏壇があった。つまり、人々はいつも死者たちと一緒に暮らしていたのだ。そういえば、木造の家は成り立ちから、生者を死者が支えている構造をもっている、ということなのだ。

 西アフリカの熱帯多雨林の中を歩いているとき、私は奇妙な感懐に襲われた。林冠まで40メートルもある鬱蒼とした原生林、地球上の生態系の中で最大のエネルギー循環がなされている森の中に佇み、巨木から発するすさまじい生命の放射に圧倒されそうになった。
 われわれ人間のいのちはたかだか数十年にすぎないが、周りに林立する巨木はみな数百年も生きながらえてきたものなのだ。木という生物には、本来死がない。動物は病魔に冒されなくても、やがて老衰し死を迎える運命をもつ。だが、木は病気や天災に見舞われなければ、永遠に存在する生命体なのだ。

 木部の中で生きている部分は、木部の周囲の形成層だけである。幹の大部分を占める心材は、死滅した細胞の集積なのだ。木は自らの死体を中核にして、みずみずしい葉を茂らせ、あでやかな花を飾り、豊潤な果実を実らせる。木造の家は、それらの生きた部分を全て切り捨て、木の死骸だけで造りあげたものなのだ。数十年から数百年の間、生を支えてきた木の肌の美しい紋様と静謐をにじみ出す輝きは、人の心をなごませ安息へ導いてくれる。祖霊と木魂に守られて、日本の人々は暮らしてきたのである。

 日本は木の文化が幸う国だった。だが、藁葺きや萱葺きの家は寂々たるものになり、鉄柱やコンクリートの壁にアルミサッシの家が多くなった。わずかな木と土への郷愁から、合板で柱を覆い、木目を描いたビニール製の壁紙で装い、木造建築のコピーに住むようになった。木椀や膳は日常から姿を消し、ようやく箸だけが木の文化を残存している。

 それも緑を守るための割り箸追放という愚挙によって、プラスチックにおびやかされつつある。家から死者が追い出され、老人や木が織りなす深い陰影が消し去られて、核家族のただ明るいだけの人工世界がとって代わった。

 照葉樹の原生林に佇んでみよう。もの悲しく憂鬱な気分が深沈と心をうつ。わび、さび、幽邃といった心性は、深い照葉樹林の属性が古代人の心に熟成させたものではないか。だが、照葉樹の原生林はもうわずかしか残存していない。経済有用林がそれにとって代わり、そのために今や花粉病に涙し、くしゃみし、のどをぜいぜい鳴らして、明るく影のない世紀末をわびしくさびしく憂衰のうちに迎えるのである。

 日本の家屋がなぜ西欧のように石造りでないのか。木が多いからというのがその理由とされるが、実は石材が得られないからだ。藤田和夫氏の日本列島砂山論というユニークな説によれば、日本列島は太平洋プレートとフィリピンプレートに押され、岩石に細かくひびがいき、3メートル四方の完全な石材を取ることも難しいという。

 その現象はまた、日本の山が全て緑に覆われている原因となっている。つまり日本を象徴する豊かな木々の緑は、がっしりした岩盤の山に茂っているのではなく、いつ崩れるともわからぬ砂礫の山に栄えるもろい美しさの反映なのだ。もののあわれや無常感を発生させる地質的象徴と見るのはうがちすぎだろうか。

ウン 著者のやや癖のある推論や語彙が気になるが・・・それをさておいても、樹木や木造家屋に対する想いが、ええでぇ♪

『日本を知る105章』1:団体旅行:鶴見俊輔
『日本を知る105章』2:パチンコ:竹内宏
『日本を知る105章』3:マンガ:橋本治


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