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zoom RSS 『日本建築は特異なのか』3

<<   作成日時 : 2017/06/16 21:00   >>

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<『日本建築は特異なのか』3>
図書館で『日本建築は特異なのか』という本を、手にしたのです。
韓屋に惹かれる大使は、先日『韓国現代住居学』という本を読んだところだが・・・
その勢いで、この本を借りたのです。日本建築の何が独自なのかを考えてみたいということでんな♪


【日本建築は特異なのか】
建築

歴史民族博物館編、歴史民族博物館、2009年刊

<企画趣旨>より
 神社・寺院、御殿・住宅、城郭・民家・茶室などによる日本の建築文化は、縄文・弥生にはじまり、古代・中世・近世と日本列島内で受け継がれてきたもので、日本独自であり、日本固有のものであると考えられています。しかし果たして本当にそうなのでしょうか?

 東アジアに視野を広げてみると、中国や韓国の建築と日本建築はよく似た部分も多く、日本建築とは何が独自で何が固有のものなのか案外わからなくなってしまいます。このような観点にたって、あえて「特異」という言葉を使って日本の建築文化を考えようというのがこの企画展示の試みです。

 中国建築、韓国建築と比較して日本建築の何が独自なのかをまず考え、そこから東アジア建築の共通性、普遍性という問題を考えようとしています。

<読む前の大使寸評>
韓屋に惹かれる大使は、先日『韓国現代住居学』という本を読んだところだが・・・
その勢いで、この本を借りたのです。日本建築の何が独自なのかを考えてみたいということでんな♪

rekihaku日本建築は特異なのか


昨今では、中国のプロパガンダ施設となった孔子学院を冷ややかに見るのであるが・・・
ここで歴代の宗教施設を、見てみましょう。
p43〜45
<3 儒教の施設>
 宮廷儀礼に深く関係した儒教であるが、宗教としては先聖・先師(周公、孔子ら)を祀る釈テンが中心的な儀礼である。儒教の宗教施設としては文廟(孔子廟)が最も普及したものである。学校は前漢時代において、中央に大学があり、また地方の郡国にも設けられていた。これ以後、学校制度は儒教の国家体制と官僚制社会という中国独特の制度の再生産に大きな力を持った。すでに唐代において、皇太子は首都にある学校に付設された文廟で釈テンを行うことになっていた。また全国に敷設された学校にも文廟は必須の施設として置かれていた。宋代には、私立の学校(書院)が各地に普及した。

 書院は新しく興った宋学の学問の場となり、全国で460箇所以上も数えたといわれ、社会に定着し、文化の拠点となった。これらの施設には、儒学者と学生、門人らが止住し、勉学の場所と文廟が置かれるのが普通である。

 朝鮮半島では、朝鮮王朝時代に儒教が中心とされたので、ソウルに漢学の施設として成均館が開かれた(1398年)。孔子を祀る文廟(大成殿)と学校である明倫堂から構成される。地方には郷校が置かれ、成均館と同様に大成殿と明倫堂のセットが普及した。朝鮮王朝時代後期になると、地方に多くの私設の書院が置かれた。ここも儒教の場であり、詞堂(先聖、先師らを祀る)、書堂、宿所、典教堂、書庫などが配置された。

 日本で儒教の建築が成立するのは、江戸時代に入ってからの藩校においてである。江戸幕府が朱子学を官学とし、また庶民においても儒教を道徳の規範としたためである。藩校は江戸時代後期に増加して、後の富国強兵の準備ともなったようだが、儒学の教育を原則とした。したがって、孔子を祀る聖廟が全国的に設置されたのである。明治維新後は藩が廃止されたために、それを支える母体を失い、多くが取り壊された。

<4 神社とは何か>
 日本の神社は、アジアの他の地域に見られないものとして、常に強調されてきた。確かに、中国、韓国と比べると個性が際立っている。

 元来、日本の神は土地の神としての性格が強い。地方ごとに大きな神社があって、古代から信仰を集めてきた。それはもともとの地方一帯の土地の神であり、豪族の地方支配のための宗教施設であったと思われる。氏子域という概念があるが、現在でも地域の有力神社においては、地域住民全体が氏子として認識されていて、祭礼などに参加、奉仕することが当然とみなされている。

 また神社は勧請されることによって、どこにでも新しく創設されることがあった。例えば、稲荷社は元来京都の神であったが、商売繁盛の神として広く信仰され、家々の敷地内部にも多数設けられるようになったのである。これらは余りにも多くて数え上げることはとてもできない。

 日本の神社の特徴を語るときに、常に比較の対象にされるのは寺院建築である。寺院はインドから中国、朝鮮を経由して日本にもたらされた宗教建築であるのに対し、神社は日本固有のものである。確かに寺院建築と比べると大きな違いがある。その特徴の第一は、神社によって形がさまざあであること。

 以下列挙してみよう。伊勢神宮は神明造、出雲大社は大社造、住吉大社は住吉造、宇佐八幡大社は八幡造、日吉大社は日吉造、春日大社は春日造、賀茂大社は流造、その他にも「〇〇造」といわれる神社の形式は驚くほど多い。

 第二には、神社は建ててから決まった年数が経つと建て替える慣例があることである。しかも同じ形式を維持するという。これを式年造替という。特に伊勢神宮は、一時の中断はあるものの、持統4年(690)の第一回の遷宮ののち、延々とこれを繰り返してきたことで著名である。よって、現在の正殿は平成6年(1994)に建て替えられた最近の建築なのだが、「形」は7世紀末のものと信じられているのである。


『日本建築は特異なのか』1:「はじめに」
『日本建築は特異なのか』2:「第2章 中国・韓国・日本の住宅比較」

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