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zoom RSS 『日本の「運命」について語ろう』2

<<   作成日時 : 2017/04/29 08:48   >>

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<『日本の「運命」について語ろう』2>
図書館で『日本の「運命」について語ろう』という本を、手にしたのです。
ぱらぱらとめくってみると、中国に関する記事が多いが・・・
浅田さんといえば、『蒼穹の昴』を著わしたように、中国の歴史に関して造詣の深い作家だったなぁ♪


【日本の「運命」について語ろう】
日本

浅田次郎著、幻冬舎、2015年刊

<「BOOK」データベース>より
衆より個の利益を、未来より現在を大切にする今の日本。150年で起きたこの国の「変容」を、知の巨人が深い洞察力と明快な論理で解き明かす。驚きと発見に満ちた、白眉の日本人論。
【目次】
第1章 なぜ歴史を学ぶのか/第2章 父の時代・祖父の時代/第3章 中国大陸の近代史/第4章 明治維新が目指した未来とは/第5章 参勤交代から覗く「江戸時代のかたち」

<読む前の大使寸評>
ぱらぱらとめくってみると、中国に関する記事が多いが・・・
浅田さんといえば、『蒼穹の昴』を著わしたように、中国の歴史に関して造詣の深い作家だったなぁ♪

rakuten日本の「運命」について語ろう


漢族と満州族(清)の違いあたりを、見てみましょう。
p124〜129
<満州族の清は歴代王朝で最長寿>
 征服民族の建てた王朝でしたが、清は約300年の長きにわたって続きました。ですから今、私たちがもっている昔の中国のイメージは、だいたい清王朝の風俗によるものです。 たとえば辮髪。額を剃り上げて後ろで長くおさげに編んで垂らす。あの髪型は中国人の風習ではありません。満州族の習慣なんですね。

 漢民族には髪を剃る習慣はありません。それまでの明の時代は総髪を結っていました。おそらく強烈な違和感があったのではないでしょうか。今の私たちにとっても、見慣れない髪型の集団は、変な人たちで怖く感じますよね。

 清朝が成立して間もないころは、やはり抵抗する人もいました。これに対し、清朝は「」という布告を出します。髪を残しておいたら首がなくなるぞ、と迫ったわけです。ただ、強制した習俗はこれだけでした。

 愛新覚羅の王朝が成立したのが1616年、滅びたのが1912年と、約300年でかなり長い。おおむね日本の徳川時代プラス明治時代と考えていいでしょう。中国の歴代王朝の中でももっとも長く続いた王朝でした。

 中国の皇帝とは、地上を統べる者として天帝から認められた人間です。そのための条件が「徳」でした。国が乱れるのは徳が失われたからだと天帝が判断すると、別な人間が天命を下す。これが「革命」であり、中国の王朝交代の理屈でした。

 清朝は、天命に則って四百余州を統治するという漢土の伝統に従ったわけです。清の皇帝は、明朝の祭祀をそのまま承継しました。制度も文化も、先朝から継承しつつも、彼ら固有のしきたりを捨てることもありませんでした。

 中国人のイメージである辮髪について触れましたが、チャイナドレスもそうですね。
 高級な中華料理店や、中国のホテルのラウンジに行きますと、必ずチャイナドレスのお姉さんが出てきて目を奪われます。立ち襟で、ぴったりと肌に付いていてスリットが入っていて、女性の美しさを引き立てます。

 ところがあれはチャイナドレスではありません。実は満州族の衣装、マンチュリアンドレスなんです。
 明時代の絵画を見るとわかりますけれども、元来、漢民族の服装というのは、日本の着物とよく似た合わせ襟です。袖も角袖です。もちろん頭は総髪ですね。これが中国人の伝統的なスタイルです。
 ところが万里の長城を越えてやってきた清王朝、彼ら愛新覚羅の一族は、異民族ですから身なりも違う。彼らはもともと農耕民族ではありません。狩りをしながら部族で移動する狩猟民族です。

 したがって衣服は馬に乗りやすく、寒さが凌げるデザインになります。襟は立ち襟になり、できるだけ体にぴったり付く細身の服になります。角袖はもってのほか、筒袖になり、馬に乗るために横に必ずスリットが入ります。
 だから私たちがチャイナドレスだと信じている服は、本当はマンチュリアンドレス、騎馬民族の服装であって、中国人にしてみれば異民族の服なのです。

<同じアジアでも日本との違いはいろいろある>
 中国人の生活の中に、靴を脱いで家に上がるという習慣はまったくありません。西洋人と同じで、椅子と机とベッドの生活だからです。
 だから中国人は日本のお座敷に入るときはとても戸惑います。アメリカ人も中国人も同じで、畳の上に座ること自体に抵抗があるのです。そもそもあぐらがかけません。
 あぐらを漢字で書くと胡坐となりますが、「胡」とは北方民族という意味です。つまり、北方民族の座り方があぐらなんです。

 中国人はあぐらがかけません。正座などはもってのほかです。ところが満州族や蒙古族はあぐらがかけるんです。そもそも狩猟民族や遊牧民族は定住地をもたず、移動式の家に入るときには靴を脱ぐ習慣があります。当然、家具も最小限ですから、地面にあぐらをかいて座るのは当たり前のこと。

 そう考えると日本人はかなり彼らに近いんです。頭を剃る習慣も、江戸時代の日本人は、月代(さかやき)を剃ってちょんまげを結っていました。これは北方騎馬民族の習慣と共通しています。辮髪でぶらさげている後ろの部分をまとめ、前に折り返せばちょんまげになりますね。しかし、学術的にこのあたりの結論はあいまいですね。

 「日本人はどこから来たか」を進めていって、「古代国家の成立はいつか」「天皇家の起源は何か」という話になると、タブーの領域に立ち入ってしまう。
 私見ですけれど、日本人は中国人とは関係ないけれども、おそらく旧満州、朝鮮半島とは、あるひとつの流れでつながっているように思います。

 日本には襖や障子のような引き戸があります。実は中国に引き戸はなくて、アメリカやヨーロッパと同じようにみんなドアなんです。だから中国人の生活様式は日本よりもずっと欧米に近い。

 正確なところはわかりませんが、日本の襖、引き戸というものは、ゲルやパオという移動式住居から発達したものなのかもしれないと思っています。
 外国人が日本に来ると引き戸に感動するんです。「場所を取らなくていいですね」って。


ウン 浅田さんもおっしゃるように、大使も日本独自の引き戸が気になるのです。
引き戸については『日本人の「住まい」はどこから来たか』3に詳しく述べられています。

『日本の「運命」について語ろう』1

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