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zoom RSS (一語一会)雨宮処凛さん

<<   作成日時 : 2016/11/10 23:15   >>

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<(一語一会)作家・活動家、雨宮処凛さん>
 作家・活動家の雨宮処凛さんがコラム(一期一会)で「生きづらい人を一人たりとも放っておかない優しさ」と語っているので、紹介します。
右翼出身の活動家というアウトサイダーだが、「生きさせろ!」というメッセージが鮮烈ですね。

雨宮
(11/10デジタル朝日・コラム(一期一会)から転記しました)


■生きづらい人間は、革命家になるしかない
 格差と貧困の問題に、10年前から警鐘を鳴らしていた。不安定な雇用、低賃金労働にあえぐ若者たちに向けて「生きるのがつらい時も、自分を責めるな」と著書やブログで訴え、デモを呼びかけてきた。かつての自分自身がそうだったからだ。

 美大進学を志して北海道から上京するが挫折し、アルバイトを転々としていた1990年代半ば。服を買っても、バンドの「追っかけ」をしても、心は満たされない。「死にたい」とリストカットを繰り返した。

 「自分の内側に閉じこもり、自傷行為で、心の痛みを体の痛みにごまかしていた。社会に居場所がない。お金もない。何者にもなれない。ショボい自分を罰していたんです」

 そんな日々を、作家の見沢知廉(みさわちれん)さんとの出会いが変えた。96年発表の獄中ノンフィクション「囚人狂時代」を読み、「この人なら死にたいほどの心の痛みを理解してくれるかも」と感じ、読者イベントに足を運んだのが最初だ。「弟子」の1人となり、薫陶を受けるようになった。

 見沢さんは10代で左翼思想に共鳴し、成田闘争にも関わった後、右翼へ転向。急進化し、82年には英国大使館に火炎瓶を投げ、殺人を犯してしまう。94年に出所後、純文学「天皇ごっこ」などを発表。雑誌の記事では、社会への怒りを忘れた若者たちを、熱い言葉でたきつけていた。

 自分の「生きづらさ」を吐露すると、師匠の答えは明確だった。「社会のせいだ。全ての価値がカネに置き換えられてしまう今の世の中で、生きてる実感がないのは当然。消費社会はお前に『消費だけする人間に変われ』と言う。逆だ。お前がこの社会を変えろ。毛沢東だって最初は無名、無一文だった。生きづらい人間は、革命家になるしかないんだ」

 見沢さんは2005年、自ら命を絶った。「文学への情熱と、人を殺めた罪を償う苦しみ。その間で、引き裂かれていたのかも知れない」

 「革命」の志を受け継ぐように、翌06年から反貧困を訴え始めた。

 「火炎瓶を投げる代わりに、私は見沢さんが身をもって教えてくれた『生きづらい人を一人たりとも放っておかない優しさ』を理想に掲げて闘う。弱者への徹底したあの優しさは、見沢さんの強さであり弱さだった気がします」(寺下真理加)

     *
 1975年、北海道滝川市生まれ。2000年、自伝的エッセー「生き地獄天国」でデビュー。「生きさせろ! 難民化する若者たち」(07年)で日本ジャーナリスト会議賞。「反貧困ネットワーク」世話人。


(一語一会)作家・活動家、雨宮処凛さん2016.11.10

この記事も 朝日のインタビュー記事スクラップに収めておきます。

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