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zoom RSS 杉浦日向子アンソロジー

<<   作成日時 : 2016/07/24 13:57   >>

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<杉浦日向子アンソロジー>
最近流行っている漫画が、あまり面白くないのだ・・・
それは単に我がテイストが時流に遅れているだけかもしれないな〜。

それに反して、杉浦日向子のテイストがますます貴重なものに思えるのだ。
本当に惜しい人を亡くしたものだ。

・・・ということで、杉浦日向子についてあれこれ集めてみます。

・原画で読む杉浦日向子
・『百日紅〜Miss HOKUSAI〜』
・東京モンスターランド
・杉浦日向子の江戸塾
・大江戸観光
・娘を化十(ばけじゅう)と呼ぶ
・東京という夢 YASUJIと杉浦日向子
・いしかわじゅんの『百物語』評
・コメディーお江戸でござる
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<原画で読む杉浦日向子>
図書館で『芸術新潮(2015-6月号)』を手にしたのです。
おお 第2特集が「原画で読む杉浦日向子」となってるがな♪・・・

というわけで、この雑誌を借りたのです。


【芸術新潮(2015-6月号)】
新潮

雑誌、新潮社、2015年刊

<「BOOK」データベース>より
雑誌につきデータなし

<読む前の大使寸評>
おお 第2特集が「原画で読む杉浦日向子」となってるがな・・・というわけで、この雑誌を借りたのです。

Amazon芸術新潮(2015-6月号)


アニメ映画『百日紅〜Miss HOKUSAI〜』を手掛けた原監督へのインタビューを見てみましょう。
p97〜98
<優れた「演出家」の作品を演出する怖さ>
 「僕には絶対超えられない天才」と杉浦日向子の才能を称えるのは、長編アニメーション『百日紅〜Miss HOKUSAI〜』を手掛けた原恵一監督だ。20代後半、杉浦の漫画『風流江戸雀』に出会い、彼女の作品にハマっていったという。それ以降、漫画、エッセイ、小説とすべてを読んできた監督が、『百日紅』映像化への強い思いを語る。

北斎

【いつか作品をアニメ化したいと思っていたのですが、杉浦さんが好きなあまり、ものすごくハードルが高くなっていた。彼女は天才的な演出家です。その作品を演出するのは、どれだけ難しいことか。

『百日紅』は、北斎とその娘のお栄、ふたりの長屋に居候している善次郎(渓斎英泉)など、登場人物のキャラが非常に立っていて、日常と非日常がうまく交錯している素晴らしい漫画です。下手なコピーを作っても仕方がない。原作を劣化させずに伝えることが一番大切だと思いましたが、怖かったですね。しっかりした原作なので、なんのためらいもなく、原作から抜き出した部分はコマ割りもそのままに、セリフも一字一句変えませんでした。しかし、絵コンテを作っていて、何も描けなくなることがあった。

 それに読み切りの短編連作なので明確な終わりがなく、いかに1本の映画として起伏があるものにできるのかが課題でした。すべて完成度が高く、ひとつとしてつまらないエピソードがありませんから、どれを選択するか悩み、お栄の妹、お猶が描かれている『野分』をクライマックスにしようと考えました。そのためにはお栄とお猶の関係を印象付ける必用があり、姉妹のエピソードを縦軸に全体を構成したんです。芯の強さが魅力のお栄ですが、杉浦さんはそれをこれ見よがしに描いてはいない。映画でも押しつけがましくなく、観ている方にお栄の心の喜怒哀楽を感じていただけるようにしました】


 原監督は杉浦を「宝物のような存在」だと言う。ひとつ上の彼女に、同じような歳なのにどうしてこんな表現ができるのか、と嫉妬すら感じていた。
【僕にとって彼女の漫画は映像そのもの。コマが動いているように見える。そこから多くのことを学び、仕事に活かしてきました。
(中略)
 杉浦さんの漫画には印象に強く残る場面が多いのです。『百日紅』には、寝付いたお猶が手を伸ばして北斎の顔に触れるシーンがありますが、バックを黒ベタにすることで、お猶のいる世界が北斎に伝わったことが表現されています】



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<『百日紅〜Miss HOKUSAI〜』>
杉浦日向子のまんが『百日紅』に出てくるお栄を題材にしたアニメ映画が公開中であるが、視る前に個人的予告編を作ってみました。
それにしても・・・
新聞で4面ブチ抜きで広告されていたのには、驚きました。

新聞1

新聞2

ネット情報を見てみましょう。
原監督も杏も杉浦日向子作品の大ファンだったようですね。

杏が、原作・杉浦日向子×主題歌・椎名林檎に大喜び!より
杉浦日向子の同名コミックを映画化した『百日紅〜Miss HOKUSAI〜』の初日舞台挨拶が、5月9日にテアトル新宿で開催。声優を務めた杏、松重豊、濱田岳、立川談春、清水詩音、原恵一監督が登壇した。

原監督も杏も杉浦日向子作品の大ファンだったので、初日を迎えた喜びもひとしおだ。原監督は「自信をもって観てもらえる作品になりました。何より、原作者の杉浦日向子さんや自分に対して、誠実に作った作品です」と力を込めて挨拶をした。

主人公・お栄の声を担当した杏も「1年前にお話をいただき即諾しました」と喜びを口にした。また、主題歌「最果てが見たい」を椎名林檎が手がけたことについても「小躍りするくらいうれしかったです」と言った後「最果てを本当に見たいのか?それとも、追い続けるのが作り手の業なのか?というところがとてもリンクしていると思いました」と曲への思いを述べた。


つらつらと個人的予告編を書いたが、書いた後、映画を観に行ったのです。
・・・で、くだんの鑑賞フォームを作ってみました。

【百日紅〜Miss HOKUSAI〜】
アニメ

原恵一監督、2015年制作、2015.5.21鑑賞

<movie.walker解説>より
江戸時代に当時の風俗をとらえ、庶民から愛された“浮世絵”。浮世絵に生涯を捧げ、3万点を超える作品を発表した浮世絵師・葛飾北斎とその娘・お栄と、江戸に生きる人々との交流を描いた、杉浦日向子の同名漫画を『カラフル』の原恵一監督がアニメーション映画化した人間ドラマ。主人公・お栄役で杏が長編アニメ作品の声優に初挑戦。

<大使寸評>
お栄の顔は原作のほうが好みだけど、杉浦日向子の軽妙で怖いテイストは概ね再現されているように思います。

それにしても、お栄がおかま置屋に乗り込み、一晩ともにする場面もあったりで、思った以上に大人向けアニメであり・・・
アナ雪は見ない大使だけど、これなら、ええでぇ♪

この種のアニメでペイできるなら、日本のアニメも爛熟してきた感があるのです。
(ということで、この映画の収支決算を知りたいわけです)

movie.walker百日紅〜Miss HOKUSAI〜


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<東京モンスターランド>
図書館で『東京モンスターランド』という本を手にしたのです。
サブカルと言いながらも、寺山修司、糸井重里、杉浦日向子、中沢新一、安藤忠雄、横尾忠則、小松左京、荒木経惟・・・という知った名前が見えるので借りた次第でおま♪


【東京モンスターランド】
モンスター

榎本了壱著、晶文社、2008年刊

<「BOOK」データベース>より
伝説のサブカルチャー雑誌『ビックリハウス』の仕掛人・榎本了壱による、吃驚の20世紀追想録。少年時代より現代詩を創り、舞踊、デザイン、アングラ演劇、実験映画、出版、文化イベントのプロデュースなどに携わっていく。そのさなかに出会った、栗津潔、寺山修司、団鬼六、萩原朔美、糸井重里、黒川紀章ら、錚々たる奇才異才のカルチャーモンスター達。その多彩な交流から、20世紀文化の黄金時代を痛快軽妙に遍歴する。

<読む前の大使寸評>
サブカルと言いながらも、寺山修司、糸井重里、杉浦日向子、中沢新一、安藤忠雄、横尾忠則、小松左京、荒木経惟・・・という知った名前が見えるので借りた次第でおま♪

amazon東京モンスターランド


1980年代のサブカルを見てみましょう。
ネット情報がなかった当時のサブカルについては、地方に住むものはツンボ桟敷にいるようなものでした。
p261〜267
<デザイン会議館>
 この会議から私はイトイ(糸井重里)さんとタッグを組んで、リレー講演会というのを始める。朝から夕方まで、昼食を挟んで5時間のプログラムだ。この会場は港町の酒場のしつらえにした。それぞれの過去を抱えた船乗りがふらりと酒場にやってきて、話しはじめるという演出である。一人10分から15分程度だから、20人以上の人とトークすることになる。

 プログラムを見ると、梅原猛、吉田光邦、黒川紀章を筆頭に、粟津潔、安藤忠雄、田中一光、横尾忠則、勝井三雄、永井一正、福田繁雄らの名前があるから、こうした人たちと次々に話していったはずである。イトイさんとのリレー講演会は、1987年の長野会議まで5年続いた。

 こうしてアングラ、ヘンタイ、パロディとへて、私はカウンターカルチャーにもなりきれず、いつの間にかサブカルチャーなどと呼ばれ出し、さらには「日本文化デザイン会議」というエスタブリッシュされたカルチャーのど真ん中の渦中に飲まれ込まれてしまった。それならと、1986年あたりから、イベントのことあるごとに「カルチャーランチ・クラブ」というリゾーム状の仮想クラブを展開することになる。

 デザイン会議の運営委員会も、事務局をしている博報堂も、若手文化人をゆったりと束ねることを歓迎してくれていた。糸井重里、川崎徹、杉浦日向子、中沢新一、高見恭子、日比野克彦、内田春菊、羽仁未央、島森路子、手塚真、高橋源一郎、渡辺和博、島田雅彦といった人たちが、なんとなく絡んでくれて、そのうちの何人かは、その後のデザイン会議の主要メンバーになっていく。

杉浦

 なかでも「私は出不精で」と言って、そのしなやかな腰をなかなか上げてくれなかった杉浦日向子さんが、ともかくどこなりと移動しはじめてくれたことがうれしかった。1988年の熊野会議では、会場に行くまでが大変だったが、新幹線を乗り継いで天王寺駅から会場のある紀伊勝浦駅までの紀勢本線3時間ほどを、日向子さんと、手塚治虫さん、粟津潔さんの四人で一つのコンパートメントに座り、話ができたという幸運はなかった。
(中略)

 1995年には、手塚真さんを中心としたチームが開発した「テオ」という人工知能の生物の誕生を記念したイベント「ネオ・アニマロジーフォーラム」(表参道クエストホール)をプロデュースすることになる。ゲストスピーカーが、コリン・ウィルソン、小松左京、美輪明宏、荒俣宏、荒木経惟、中沢新一、夢枕獏、杉浦日向子、内田春菊、岡崎京子、景山民夫、小谷実可子、立花ハジメ等々といったメンツがそろった。このイベント中に私の母が亡くなった。夜中に電話があって車で駆けつけると、すでに霊安室のガラスの向こうに静かに横たわっていた。周囲の人に告げずに葬儀を済ませた。

 話を戻す。この1988年の熊野会議では、杉浦日向子さんと、講談の神田陽子さん、荻原朔美の四人で、夜の漁港に幕を張ってそこで<「怪」塾・講談「百物語」>というセッションをした。日向子さんが漫画に描いた百物語を陽子さんが演じながら話していくという、楽しい一夜だった。そのあとは港の近くの確か「バンブーハウス」とかいったエスニックな店に黒川紀章さんと合流して、アフリカの赤ワインを幾本も空けた。

 翌日、出番のない日向子さんと私は、那智の華厳の滝や、秦の始皇帝に長生不老の霊薬探しを命じられて、この地に辿り着いたという徐福伝説のある新宮の徐福公園を廻った。この頃日向子さんは、荒俣宏さんと結婚したばかりで、熊野那智大社では三本足の八ガラスのお札を買っていた。何をお願いしようとしていたのだろうか。けれども二人はほどなく別れてしまう。私は荒俣宏という知の巨人に畏敬の念を抱いていたから、残念でならなかった。


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<杉浦日向子の江戸塾>
図書館で『杉浦日向子の江戸塾』という本を手にしたのです。
対談相手が奥本大三郎とか、田中優子とか・・・シブいというか、蒼々たるメンバーでおます♪


【杉浦日向子の江戸塾】
江戸

杉浦日向子著、PHP研究所、1997年刊

<「BOOK」データベース>より
江戸風俗研究家・杉浦日向子が、六人の仲間とともに、「ワンダーランド江戸」を案内します。

<読む前の大使寸評>
対談相手が奥本大三郎とか、田中優子とか・・・シブいというか、蒼々たるメンバーでおます♪

rakuten杉浦日向子の江戸塾


日向子さんと奥本大三郎氏との対談を見てみましょう。
p16〜21
<外飲の始まりは酒屋での立ち飲み>より
杉浦:江戸の町にお酒を飲ませるお店が広まったのは、天明(1781〜1789)の頃からのようです。まず、自然発生的にぢきたのは立ち飲み屋です。それは酒屋さんが自分の店の酒を利き酒してもらおうと、店の土間の片隅にカウンターをつくって飲ませたものでした。
 店の酒の贔屓になってほしくて始めたのですが、利き酒と言ってもお金はとって、つまみは焼き味噌や座禅豆など簡単なものだけです。

奥本:日本人は宴会のときなども座ることが多いですよね。元来、立って飲むのに弱いんじゃないかな。その点、欧米人はカフェなどでもみんな立ち飲みですよ。

杉浦:江戸時代は立って飲むのが好きでした。

奥本:でも、地べたにしゃがんで飲んだり食ったりもしますね。要するに座席がないだけですね(笑)。立ち飲み屋の後に、樽を切って座る場所を持つような店ができるのですか?

杉浦:立ち飲み屋の次に登場するのが煮売り酒屋で、天秤棒を担いで行商するものと屋台、そして店を構えるものの三種類がありました。

 店では七輪と鍋と食器を用意して、軽食と酒を供していたのです。店を構える煮売り酒屋は居酒屋の原形です。開け放った間口に障子を立てかけたりする粗末なものでしたが、江戸時代後期になると縄暖簾をかける店も登場してきました。樽に腰かけてというのは時代劇によく出てきますが。実際はあまり使用例がないのです。

奥本:そうなのですか。立って飲むのが多いんじゃ、長居はできませんね。

杉浦:はい。1ヶ所で延々と続けて飲むなんてことはなかったでしょう。

奥本:鮨屋でも長居をしなかったらしいですが。

杉浦:二、三品つまんでおしまい、鮨でお腹をいっぱいにするのは野暮天です。

奥本:蕎麦屋も同じですか?

杉浦:はい。軽く一杯という感じですから、一服つける場所のようなものでした。

奥本:店にいる時間が短いわけですね。

杉浦:はい、そうです。

奥本:話は違いますが、いま駅の売店にカップ酒を置いていますよね。郊外のある店でおばさんに聞いた話ですが、その売店に馴染みのお客がいて、おばさんは階段を上がってくる足音で、そのお客が来たことがわかるそうです。で、毎朝、足音がするとカップ酒を二杯開けて待っている。そこへお客は必ず寄って用意された酒をくいっ、くいっと続けざまに空にして電車に乗るんだそうです。

杉浦:いいお話だな。私も下町の立ち飲み屋さんで河岸で働く方のいい飲みっぷりを見ました。夕方、銭湯上がりにやってきて冷や酒をくいっ、くいっとやっぱり二杯(笑)。

奥本:江戸の立ち飲み屋もそうした風情だったのでしょうね。

杉浦:そうだと思います。気取らないのがいいんですよ。立ち飲みは。

奥本:一杯では物足りないので、もう一杯。そうすれば朝飲んでも昼までもつんですよ。
杉浦:昼間飲めば夕食までもつ(笑)。

奥本:ヨーロッパのカフェやパブにも、長っ尻をするグループと、江戸と同じく一人で来てさっと飲んで出ていく人とがいます。テーブル席に座って延々とトランプをやっていたり、新聞を読んだりしている人はいますが、朝、フランスのカフェでよく見るのは、仕事へ行く前の職人さんが「白ワインの辛口」などと注文して、くいっと飲んでいく光景です。
杉浦:いいですね。


日向子さんと田中優子さんとの対談を見てみましょう。
江戸の粋が語られているが、なるほど「遊び」が入ってくるのか♪・・・関西の合理性とやや異なる気がするでぇ。
p52〜56
<「百珍物」には架空の料理も>より
田中:料理屋の案内本も人気があったようですね。

杉浦:料理屋の番付はしょっちゅう出てますが、本格的に流行り始めたのはやっぱり中期以降でしょうか。

田中:遊郭から独立した料理屋が成立するのがそれくらいの時期です。料理屋でいろいろな会が催されるよになり、遊郭の客とは全然違った、食べるのを楽しむグルメというのが出てくるんです。料理屋の案内本は、江戸土産にも使われました。

杉浦:江戸ではこういうものが流行っているるって。

田中:本当に使うというより、読み物として楽しむんです。江戸に来て田舎に帰るとき大量に買っていくとか、そういうのが多かったと思います。

杉浦:江戸の料理屋案内の中によく出てくるのは「八百善」ですね。「八百善」のお茶漬けは有名でしたね。

田中:それとはりはり漬け。厳選して、一束の中から一、二本しか取らないとか。

杉浦:お茶漬け用の水も、どこかまで汲みに行く。

田中:多摩川までね。

杉浦:お茶漬けを頼んで半日ぐらい待たされてやっと来たとか。

田中:それが一両とか二両するんですよね。

杉浦:江戸って遊ぶんです。京料理の繊細な盛り付けや完成された味付けとは別のものが江戸の料理にはある。すごく汚い変なものに見立ててつくって、実は食べるとばかにおいしいというのが流行ったことがあるんです。

 たとえば、馬糞にしか見えないとか。いかにも飲みすぎて戻しちゃったみたいなものを、どんぶり鉢に入れておくとか(笑)。でも、これが食べるとめちゃめちゃおいしい。狂歌や雑俳の会ではよくそういう趣向をやりましたね。こんなことは江戸っ子しか喜ばない。上方だったらいやがられますよ。

田中:すごく江戸的だな。

杉浦:そのあたりの遊びが、江戸人の食文化に対する楽しみ方だったんですよね。

田中:いまで言うグルメとはちょっと違う気がします。食べ物を遊ぶんですよ。

杉浦:遊びと言えば、有名な「百珍物」がありますね。

田中:玉子百珍とか。

杉浦:あれには実際につくれないものが結構多いんだそうで、読み物として読まれていて、料理書としては出回ってなかったという話です。

田中:数を合わさなきゃならない。

杉浦:とてもつくれるわけがないものとか、あとは伝説の食べ物として伝わっているけれど、つくった者も食べた者もいないというのまで数に入っている。


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<大江戸観光>
この本のあちこちに、SF映画のうんちくが出てくるように・・・
日向子さんは、けっこうSF映画が好きだったようです。
だいたい、時代考証という点では、歴史小説もSF映画も似ているもんね。

【大江戸観光】
大江戸
杉浦日向子著、筑摩書房、1994年刊

<「BOOK」データベースより>
ちょっと江戸を散歩してみませんか。理屈や趣味やウンチクにとらわれるよりも、はとバスにでも乗った気分で出かけてみましょう。名ガイドが、明るく案内する浮世絵、歌舞伎、戯作、怪談、珍奇なものたち…遠い昔の江戸の街が、ホラ、こんなに身近で、愉快なワンダーランドだったなんて…。タイムマシンに乗って、別天地へようこそ。

<大使寸評>
漫画作家としても秀逸で、独特な拘りが良かったですね。惜しい人を亡くしたものだ。

Amazon大江戸観光


日向子さんは、けっこうSF映画が好きだったことが、次のエッセイに出ています。

<江戸のディレッタント>よりp100〜103
「なんで江戸がすきなんですか?」と聞かれると、いつもうまい答がみつかりません。
 たとえば南極とかガラパゴス諸島に行ってみたいというのと同質で、皇帝ペンギンの群れの中にボーゼンと佇んでみたいとか、イグアナと戯れてみたいとか思うのと同じように、江戸時代へ行ってバクゼンと数日間暮らしてみたい、できれば毎年ひと月は江戸時代に住みたいという感覚なのです。

 ただ決定的な違いは、現実化が不可能という点ですが、それでもファルコン号でハンソロとランデヴーを楽しみたいというのとも違います。それは、「足下の過去」だからであります。
 とはいえ、ミーハー的心情に少しの隔たりもない事はコックリ認めます。
「もし〜だったら」というifあそびをしたいと思います。
 江戸時代に住むのなら、どんなニンゲンが良いか。迷うことなく大店の若旦那です。しかもタダの若旦那ではなく、謹厳実直な弟に家業を譲り、財産を半分こして風雅な地に若隠居をするという念の入れようです。
 滝亭鯉丈描くところの『花暦八笑人』の左次さんがソレです(八笑人は落語「」のモトになった戯作で、講談社文庫で手軽に読めます。ゼヒおためしを)。アア左次さんになりたいと日夜願っております。

 要は江戸のディレッタントにあこがれているのです。江戸のディレッタントは3種に分けられます。つまり<通人><半可通><野暮>であります。
 <通人>といえば、趣味人の最高峰であり、皆が目指すところであります。

 <半可通>というのは、その登頂に失敗し、しかもソウナンに気付かず、本人は征服した気になっているのが特徴です。この人達は遊女にふられたり、イロイロばかにされたりする訳ですが、ソコハカとなく哀愁ただよう愛すべき人々です。

 <野暮>はいうまでもなくダサイ人です。が田舎っぽいとは別に未熟である事もいいます。ウブな息子は後者の野暮であり、つまり成長株といえます。通人の予備軍もこの野暮中にあるのですが、野暮は野暮のままでも、かわいいとか純だとかいわれて、意外と遊女にもててしまったりするのです。

 野暮には通人への可能性が残されていますが、半可通は通人になありえない存在です。野暮→半可通→通人という図式は成り立たず、半可通は別種の固体といえます。半可通の哀愁というのは、どうやらそのへんにあるようです。

 さて、<通>とは何でしょうか。
「あの人は粋だね、通だね」とは未だにいいます。通と粋は同義のようです。
 さっそく名著『「いき」の構造』を岩波文庫で読む。なんだかわからない。で『「いき」の構造を読む』という朝日選書を読む。一向にわからない。
 ソコはソコ、江戸時代人の美意識なんだと納得して、自分が見て、通だな粋だなと思う身だしなみ、着こなしを図解し、「あなたもなれる江戸の色男」を立案いたします。

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<娘を化十(ばけじゅう)と呼ぶ>
東京なんて、仕事でもないかぎり、あんな成り上りの街は敬して近づかないのがいちばんと思う大使であるが・・・・
東京で会う人のてまえ口には出さないけど、実は密かに東下りと思っているのです。

でも、杉浦日向子が描きだす江戸は話は別です。
杉浦日向子の漫画『百日紅』を図書館で借りたけど、これが大当たりでした。

NHKの「コメディーお江戸でござる」のコメンテーターとして、その膨大な時代考証を披露していたときは、その博識にただ唖然としたが、彼女の漫画を手にしたのは初めてでした。

人三化七(にんさんばけひち)とは、まずい女を表す非情な形容なんですが・・・・・・
アゴ(アゴというのは北斎が娘のお栄を呼ぶときのあだ名です)を、時に「化け十」と実も蓋もなく呼ぶ北斎である。
この漫画には、父と娘の浮世離れした生活が描かれるが・・・・いい味出ています♪
お栄をアゴと呼ぶのは、芸術家の不器用な愛情表現と言えなくもないのですが、北斎は娘の画力を案外と買っているのです。

アゴアゴ

お栄には、杉浦日向子自身が投影されているようですが・・・・
やや物憂げな顔とうらはらに、一晩で龍の絵を描ききるというガムシャラなところがある・・・
やはり、芸術家肌なんですね♪

杉浦日向子は見てきたように江戸のイメージを構築するクリエーターでしたが、上方に住む大使としても・・・・・
東京は好きになれないが、日向子ワールドのお江戸が好きなんです。

杉浦日向子『百日紅』

ところで、日向子さんはリドリースコットを高くかっていたようですが、時代考証に拘る日向子さんならではでしたね。

「エイリアン」がショックだったのは、宇宙船が、油まみれで汚れ、あたかも東名高速を地ひびきをたてて走る輸送トラックのようなリアリティだったからです。リドリー・スコットは、だから、エライ。「ブレード・ランナー」も、未来都市のごちゃごちゃが、ヒドク、リアルでスゴかったです。荒唐無稽な「レイダース」がオモシロイのも、小道具やセットが限りなく本物っぽいからなのです。『大江戸観光』p65


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【東京という夢 YASUJIと杉浦日向子】より
安治井上安治の絵

7年前46歳で惜しまれながら世を去った漫画家・杉浦日向子。「百日紅」、「百物語」など江戸を見てきたように描き、その土地の地霊に深く共振し、数々の忘れがたい名作を残した。
その杉浦がとりわけ傾倒した浮世絵師が、明治初期に活躍した井上安治であった。安治は25年という短い生涯の間に、百数十枚の江戸名所絵を残した。〈浅草橋夕景〉〈蛎殻町川岸の図〉・・・・・・隅田川沿いの暮れゆく町のゆったりしたたたずまい、静まりかえったたそがれが小さな画面の中に奇跡のように描かれている。
1988年に出版された漫画「YASUJI 東京」で、杉浦は切々と安治への思いを語り、安治の版画絵を透かしてその向こう側に明治の東京を、さらにそのずっと昔の武蔵野の原野を幻視した。杉浦は思う「東京はいつでも原野に戻る用意があるように思われる」江戸のたび重なる大火、明治以来の近代化、大震災と東京大空襲と焼け跡からの復興。
常に死と再生、破壊と刷新を繰り返してきた東京という土地、東京という現象。
杉浦日向子が想いをはせた東京のはるかな夢の記憶、そして私たちも「東京という夢」を生きているのかも知れない。
この番組を見たあなたは、どんな夢を見ますか?


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<いしかわじゅんの『百物語』評>
「漫画の時間」から『百物語』のいしかわじゅん評を紹介します。


【本当に怖いもの】「漫画の時間:いしかわじゅん」p275〜276より
百物語

 さあて、今回はなにを紹介しようか、と思って、各種単行本が山積みになっている仕事場を見回したら、杉浦日向子が目についた。
 彼女をご存じだろうか。時々テレビにも出ているので、きっと顔くらいは見たことがあるだろう。世間では美人ということになっているが、まあそのへんは、趣味の問題もあるので、ここで深くは追求しないが。いや、ぼくはもちろん、なかなか可愛いと思っているのである。

 彼女の本職は、時代考証家だ。それと同時に、漫画家でもある。時代考証家のほうは、彼女がどのくらい偉いのか全然わからないが、漫画のほうは、断言できる。
 杉浦日向子は、面白い。そして、怖い。
『百物語』というのが、今回ご紹介する漫画だ。これは、ほんとに面白い。出版元が新潮社なのが、ちょっとネックではある。いや、別に新潮社の社風に問題があるという意味ではない。ただここは、漫画をあまり出していない。活字の山が中心だ。だから、漫画を売るノウハウがあまりない。実はぼくも、『約束の地・憂国』という単行本を、ここから出したのだが、残念なことにさほど売れなかった。でもまあ、その代わり、きちんとしたいいい本を作ってくれたので、いいのである。彼女の本も、たぶんそこそこは売れているとは思うが、その面白さを考えれば、ベストセラーリストに登場してもいいところである。もったいないのである。

 さて『百物語』だ。これは、『小説新潮』に連載されたものだ。1回8ページだから、ごく短い。その短さが、内容にぴったりだ。
 どんな内容なのかというと、ごく簡単ないいかたをしてしまえば、怪異譚だ。江戸時代、どこどこでこんな出来事があった。不思議なことがあった。それだけなのだ。それ以上のことは描いてないし、描こうともしていない。それなのに、そこにはそこには人間の心の恐ろしさや理不尽さ、このうつし世の不思議さや怖さが、充分に描かれている。今もいくつかを読み返して、ぞっとしたばかりだ。決して最近流行のホラーではない。死体も内臓も生首も出てこないし、斧やチェーンソーを持って追いかけてくる怪人もいない。しかし、怖さは天下一品である。それは、杉浦が、死人の思い出や物の怪のことを描いていながら、その実、本当に描いているのは生きている人間のことだからだ。本当に怖いのは、実は人間なのである。
 
 この話に、元ネタがあるのかどうか、ぼくは知らない。ベースにした怪異譚があるのかどうか、そちら方面に造詣が深くないので、ぼくには判断ができない。似た話をどこかで読んだことがあるような気もする。すべてが彼女が創り上げたフィクションであると考えるには、その恐ろしさに、あまりにもリアリティがありすぎるのだ。しかし、元ネタがあろうとなかろうと、その面白さに変わりはない。恐ろしさに変わりはない。その面白さ恐ろしさこそが、杉浦日向子のオリジナリティなのだ。


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<コメディーお江戸でござる>
東京嫌いの大使も、このコメディーの江戸情緒にはわりと惹かれていたんです♪

江戸


wikipediaコメディーお江戸でござるより
『コメディーお江戸でござる』は、1995年3月30日から2004年にNHK総合・NHK−BSで放送されていた、江戸時代の江戸を舞台とし、町人の生活をコミカルに描いた喜劇を中心に据えたバラエティ番組。
番組構成は、演劇(4幕)、歌、「杉浦日向子のおもしろ江戸ばなし」の3部構成であった。

<杉浦日向子のおもしろ江戸ばなし>
江戸風俗研究家の杉浦日向子が、演劇に出てきた場所や職業、物や流行など、江戸の町人文化を紹介するコーナー。進行はその時の座長格の出演者が務めた。
コーナーの冒頭には、まず、座長が「今日のお芝居に間違いはありましたでしょうか。」と杉浦に評価を求める。そして、杉浦が笑顔で演劇コーナーの考証の誤りを指摘したり、逆に良かった点(特に小物や演者の言葉遣い)を褒めたりする。番組初期には間違いが多く指摘されたが、滝大作が脚色を担当するようになってからは、それもほとんど無くなった。この杉浦の指摘はともすると「江戸マニアの粗探し」とも受け取れそうだが、様々な制約(例として江戸の長屋の井戸は地下水道から長柄杓で水を汲み上げる形が主流だったが、スタジオに長柄杓を入れられるだけの穴を掘れないため地下まで掘られているように見える釣瓶井戸に変えられている点。杉浦の指摘を受け番組中では後に水道井戸が再現された)から事実とは異なっている時代劇や舞台における江戸の情景が一般に事実と誤認されつつある傾向への警鐘でもあり、視聴者が江戸の世界をより深く楽しむための教養度の高いコーナーであった。


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