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zoom RSS キム・ギドクの世界

<<   作成日時 : 2014/08/30 08:30   >>

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<キム・ギドクの世界>
図書館で「キム・ギドクの世界」という本を借りて読んだのだが・・・
以前に観た以下のキム・ギドク作品とともに、紹介します。

・春夏秋冬そして春
・嘆きのピエタ

この本に、キム・ギドクvs宮台真司の対談が載っているのだが・・・
メイキング・オブ・『春夏秋冬そして春』のような対談になっています。
宮台さんの突っ込みも、なかなかのもんやで♪

p237〜239
宮台:まずは全体モチーフから。監督は従来、キレイごとでない性や暴力や苦痛などの「人の業」を衝撃的に描いてきました。『春夏秋冬そして春』は趣を変え、「世の摂理」を描いていますね。

キム:『魚と寝る女』(2000)と『悪い男』(2001)は、人物に接近していくクローズアップの映画でした。これに対して今回の『春夏秋冬そして春』は、遠くから人間を眺めるワイドの映画です。人も風景の中の一部として描きました。今を生きるすべての人を描きたい。と同時に、すでに死んでしまった人たちについても、これから生まれてくる人たちについても物語りたい。そういう意図でこの映画を撮りました。

宮台:評判の高かった『悪い男』から、モチーフを大きくシフトした理由は?

キム:私自身の人生を振り返ってみると、欲望を達成する、多くの人に有能な人物だと認めてもらいたい、そのためにありったけの力を使って突っ走ってきた気がします。私は、フッとそういう自分を客観視する瞬間があって、自分は一体なんなんだろう、と。欲望しかないのかと思ったら悲しくなりました。それでカメラを自分に振り向けることにし、これまで他人に投げかけていた問いかけを自分自身にしてみました。

宮台:次に表現手段です。監督の作品は“描かないことで描く”手法が一貫しています。『悪い男』では主人公ハンギの過去が不明でした。なぜ声が出ないのか。声が出せないこと自体も暗喩的ですが、声が出ない理由は描かれない。だから観客は想像するしかない。『春夏秋冬そして春』で言えば、秋のシーンで殺された妻とは誰か、殺しの理由は何かは、描かれない。描かれない部分を観客は想像力で埋めるしかありません。その結果、映画の物理的情報量をはるかに超えた体験を、観客自身の想像力が獲得されるのです。こうした表現手段をとる理由は?

キム:普通、映画監督は、自分で物語をつくり出し、良し悪しを含めて判断をくだして物語を終わらせるものなのです。しかし、私はそのような手法は取りません。一種のパズルを完成させるように、残りの半分を観客が想像力で補ってうまく組み立てながら観る。観客と一緒になって映画を完成させたいのです。さっき『悪い男』が話題に上がりましたが、ハンギが一体何者なのか、どういう過去を経てきた人物なのか、観る人に任されているわけです。観る人の過去自体がハンギなのかもしれません。

宮台:そうした手法で撮られた監督の映画は、観客にとって鏡の役割を果たします。監督が提示したパズルをどう解いたのかが、自己発見につながるようになっている。興味深い手法です。

 次に内容です。『春夏秋冬そして春』は「起承転結」形式です。秋から冬が「転」。4人の登場人物は、春=幼子、夏=思春期の少年、秋=30前後の成人、冬=40代中年です。
 <社会>をキーワードとすると、春の章は<社会>にエントリーする前の準備段階。夏の章では、欲望に目覚めて寺を脱出し、<社会>に参入する段階。秋の章では、人を殺して寺に逃げ込む、つまり<社会>から離脱の段階。ここで奇妙な写経を経て、主人公の服役が暗示される。冬の章では、刑期を終えた主人公が寺に帰還、厳しい修行に没頭する。再び春の章、寺を訪れた謎の女から幼子を引き取る、つまり<社会>への再参入の段階。<社会>から離脱した男が、荒行を経て<社会>に帰還する。実に趣きの深い物語ですね。

キム:宮台さんの解釈は、私の考えを正確に言い当ててると思います。しかし、多くの方はこの映画を観て、仏教の質問をされますが、私は仏教ではなく、人生についての映画だと思っています。春の段階は何も知らないために犯していまう罪や過ち、夏の段階は少し分別がついてきたが、それでも犯してしまう罪、秋の段階はさらに頭では分かってきているが欲望に勝つことができずに犯す罪、冬の段階は過ちを理解して反省した上で再び人生を歩み始める。これまでの人生は決して無駄ではなく、その過ちをよく理解するための段階だったのでしょう。


私の場合、一押しの作品は(2作品しか観ていないので、一押しもないのだが)『春夏秋冬そして春』になるわけです。
この映画はキム監督一連の作品とは趣きが違うようで、わりと東アジア色、宗教色が強いようですね。
キム監督は、「仏教ではなく、人生についての映画だ」と思っているそうです。


【春夏秋冬そして春】
春夏秋冬
キム・ギドク監督、2003年制作、

<goo映画解説>より
春−深い山あいの湖に浮かぶ寺で、老僧と幼い見習い僧が暮らしている。幼子はふといたずら心で、小さな動物の命を殺めてしまう…。夏−子どもは青年になっている。そこへ同年代の女性が養生のためにやって来て、寺に暮らすことに。青年の心に欲望、そして執着が生まれる。秋−寺を出た青年が十数年ぶりに帰ってくる。自分を裏切った妻への怒り。老僧は男を受け入れ、荒ぶる心を静めるようにさとす。冬−湖面を氷が覆う。壮年となった男の前に、赤子を背負った女が現れる。そして春…。

<大使寸評>
韓国映画なるものは、この作品が初めてだったと思うが・・・・
輪廻転生とか、韓国的な恨とか、東洋的な宗教テイストを感じたけど、良かった♪

goo映画春夏秋冬そして春




【嘆きのピエタ】
ピエタ

キム・ギドク監督、2012年韓国制作、2014.5.27観賞

<Movie Walker解説>より
天涯孤独の借金取り立て屋と、彼の前に現れた母を名乗る女性との交流が導く思いがけない真実を、二転三転する物語の中に描いたサスペンス。ヴェネチア国際映画祭金獅子賞受賞作。監督は「うつせみ」で同映画祭監督賞を受賞したキム・ギドク。出演はテレビドラマ『ピアノ』のチョ・ミンス、「マルチュク青春通り」のイ・ジョンジン。

<大使寸評>
 精神疾患による3年間の沈黙から復帰したキム・ギドク監督の最新作ということだが…
2本立館でも見逃したから、大学図書館で観ることができました。
「春夏秋冬、そして春」でも精神性と宗教性を感じたのだが、この作品でも同じように感じることが出来ました。

とにかく、前半の血も涙もない暴力から、後半の贖罪に変わっていく切替えがあざやかだと思うのです。

movie.walker嘆きのピエタ



【キム・ギドクの世界】
キム

チョン・ソンイル編著、白夜書房、2005年刊

<「BOOK」データベース>より
ベルリン、ヴェネチア、世界の映画祭を次々制覇。韓国映画界の奇才、キム・ギドク監督。その世界を完全解析した、全世界初のオフィシャル・ブック。遂に日本上陸。

<大使寸評>
この本に、キム・ギドクvs宮台真司の対談が載っているのだが・・・
メイキング・オブ・『春夏秋冬そして春』のような対談になっています。
宮台さんの突っ込みも、なかなかのもんやで♪

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